おもしろい推理小説の見つけ方
この本は――
「ミステリー? そういえば2、3冊読んだような気がするけど…」と口ごもる方から、「ミステリーだって? これでもむかしはかなりうるさかったんだぜ!」と胸を張る方にまでウインクしてみせた外国ミステリーのガイドブックである。
とくに――
「ミステリーなんて犯人当て小説だろう? いっぺんこっきりしか読めない小説なんて」と軽侮する方におすすめしたい。
また――
「何かおもしろいことはないかな」と優雅なせりふをお吐きになるあなたにも……。
たしかにミステリーなど生活のごく一部を埋めるものでしかない。しかしミステリーを読むことがあなたの日常にいろどりを添えることになれば話がちがってくる。通勤・通学時の満員電車のやりきれなさが、一冊のミステリーのために楽しいものとなったら……。
根がおせっかいなせいか、本屋のミステリーの棚の前に立って何冊も引き抜いて、買おうか買うまいか考え込んでいる人をみると、声をかけたくなってうずうずしてくる。
「そんなのおやめなさいよ。名作だっていわれてるけど……あ〜あ、買っちゃうの」とか、「新しい作家だけど、それおもしろいよ。きっと友人に読後感を話したくなるよ」
もちろん、話しかけたことは一度もない。はらはら、うずうずしながら背中からのぞきこんでいるだけ。
棚の前で迷う人の典型は、冒頭数ページの流し読み。しかし小説家なら冒頭に工夫をこらして読者を引きこもうとして手練手管を用いているのはあたりまえ。だから、もっとも確実な方法は――
「……いきなり本のなかほどをひらいて読みはじめる。そして登場人物がシーンをみごとに支配しているようなら、読んで損をすることがない。一手打つたびに局面が微妙に揺れる専門棋士の手合を見守っているような感じに近い。
ましてその登場人物が主人公でないのなら、小説の出来栄えは保証されたようなものだ。あなたが、偶然に本屋の店頭で本書を手にとり、偶然に8章をひらいたとしたら……と思うと微笑が浮かんでくる……」
1977年7月5日
各務三郎
以上、前書きを一部省略してありますが、この本に紹介されている本を片っ端から読破しました。ところが当時は、文庫になってる本が意外と少なくて苦労したのも今では楽しい思い出です。
早川からミステリ文庫が出始めたのはこの本の数年前だったような気がします。それまでは創元推理文庫だけしかなかったような記憶があるのですが、今になってははっきりしません。
知り合いがポケミスの87分署シリーズをj読んでいるのをうらやましく見ていたものです、なぜか借りなかったですね。まだ本格物にこだわってたのでしょう。
スティーブ・キャレラに出会ったのは、文庫になってしかも古本屋の棚に並んでからですから随分後の話です。
「読まずに死ねるか!」と時を同じくして、今は亡き小泉喜美子女史の「メインディッシュはミステリー」(新潮文庫、1984)にも大きく影響を受けました。
ハードボイルド小説に対するイメージを大きく変えた案内書でした。
この本の紹介で、ハメット、チャンドラー等の作品も手にとるようになりました、おのずとクラムリーにも……。
しかし、ロスマクはどうしても好みには合いませんでしたね。
それ以上に、「深夜プラス1」をはじめとする冒険小説の分野に夢中になったせいでしょう。
「推理小説の整理学」「読まずに死ねるか!」「メインディッシュはミステリー」この3冊は私に大きく影響を与えてくれた参考書です。
『読まずに死ねるか!』
故・内藤陳さんのこの本でハードボイルド、冒険小説とジャンルが広がりました。
「深夜プラス1」「脱出航路」「高い砦」「第五の騎手」「犬橇」「ゴーリキー・パーク」「逃れの街」……。
いつの間にか、いい本を見つける超能力を身につけてしまった日本冒険小説協会会長・内藤陳が、
読者のために損得抜きで選んだ面白本の絶対おススメ読書案内。
開口健、椎名誠との対談も収録。
解説・北方謙三
他に「読まずば2度死ね」「読まずに死ねるか!3」etc.
内藤 陳さんの紹介はとても素晴らしく、参考になりました。
三国志の紹介は名文です。
敬愛する読者諸氏よ、君はそう想わぬか。俺にとっては『女王陛下のユリシーズ号』も、
『深夜プラス1』も『鷲は舞い降りた』も、『オーパ!』もエェイ書けばきりが無いが、すべて一番好きな本なのだ。
何であの本あげてこの本あげずにいられるものかと高言したが、そ、その様に三顧の礼をつくされたのではもはやこれまで、
他の大傑作はこれを泣いて馬謖を斬り、万死覚悟でただ1冊を選ぶとすれば、
『三国志』吉川英治、講談社。
なんだ『三国志』か! など軽く言うことなかれ。この雄大な物語を読まずして君死にたもうことなかれ。
『三国志』こそが陳メ少年の頃よりも今もなおかつ五読、いや二十読しても感動いやます波瀾万丈、悲愁切々、
血湧き肉躍る壮大な歴史スペクタクル人間ドラマなのだ。
そして、本書にはあらゆる面白小説のドラマチックなメニューがとりそろえてある。
男の想いならば、玄徳と関羽・張飛。『三国志』の一番の主役と思える諸葛亮孔明の男の義の重さ。
曹操が(陳メには玄徳よりも人間的で好ましい)寄せる関羽への思い。
凄惨! 血が河を山を草を染める数かずの戦い。
玄徳を想い名馬赤兎馬を駆って五関を抜き千里を行く関羽の勇姿。
大敗戦の長坂橋に赤子を守り傷だらけの大奮戦! アア感動の我らが趙雲子竜。
武勇は当代一なれどチト節操に欠ける梟雄呂布の美女貂蝉による恋心とその哀れな最後。 肝をも拉ぐ豪傑・英雄割拠し、権謀術策嵐と乱れ、『積木くずし』なんざ不必要の親孝行のお話あり、美姫あり、涙あり。 と思えば一転遥か雲南(今のビルマ)に遠征した孔明が七度放った南蛮王孟獲との戦いの面白さ。etc ……。 とても短文では書き表すこと非才陳メには無理なのだ。それほどの物語に錦上花を添える、 イヤ、これなくしてはこの物語が有りえぬ“詩”の数かずの素晴らしさは正に燦めくばかり。
そして我はこの物語の華麗豪壮な文に酔いしれ、吉川バンザイと叫ぶのだ。
かてて加えて、痩肩良く蜀を担いながらも志半ばにして、秋風寥々五丈原に散った巨星諸葛亮孔明の血を吐くばかりの胸中を想うと。 アア! 陳メただ涙するのみ。そうさ、これが泣かずにいられるか。
孔明が心血をそそいだ出師の表の惨たる覚悟の誓いに、そして七歩の詩に!!
これこそが面白小説No.1なのだ。