No. | 作品 | 著者 | 出版社 |
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1 | 寒い国から帰ってきたスパイ | ジョン・ル・カレ | ハヤカワ文庫 |
2 | ディミトリオスの棺 | エリック・アンブラー | ハヤカワ文庫 |
3 | 針の眼 | ケン・フォレット | ハヤカワ文庫 |
4 | ジャッカルの日 | フレデリック・フォーサイス | 角川文庫 |
5 | ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ | ジョン・ル・カレ | ハヤカワ文庫 |
6 | 三十九階段 | ジョン・バカン | 創元推理文庫 |
7 | イプクレス・ファイル | レン・デイトン | ハヤカワ文庫 |
8 | スマイリーと仲間たち | ジョン・ル・カレ | ハヤカワ文庫 |
9 | 追われる男 | ジェフリー・ハウスホールド | 東京創元社 |
10 | 第三の男 | グレアム・グリーン | 早川書房 |
ジョン・ガードナー
「アイデアはどこから生まれるのか?」これは、フイクションを書く者がことによく受ける質問、また、ことにありがたくない質問かもしれない。たまたま目にした新聞記事や小耳にはさんだ会話からアイデアを得るという作家もいる。ローレンス・ダレルはかつて「神の背後から」と答えたものだ。
たしかに新聞記事や人の話がヒントになることもあるが、意識して拾えるものだとは思わない。アイデアは、向こうから飛び込んではこない。むしろ、少しずつ蓄積されたものが、時間を経て形を成してくるといったほうがいいだろう。とはいえ、そうでない場合もあるかもしれない。作家の仕事のしかたは、それぞれちがっているからだ。
なかには、場面をどうつなげて終局にもっていくかまで細かく概略が組み立てられ、ストーリーがすぺて最初から頭に入っているにちがいないと思われる作家たちもいる。
私にはそういう書きかたはできない。まず、基本的な構想と、骨格だけのおおざっばな地図のようなものを作ることから始める。その段階では、ほとんど象形文字に等しい。あとの部分はまだ隠れているが、むろん、あえて意識的に、自分自身にそれを見せないようにしている。結末がどうなるのかは知らずにおいて、読者と同じ道筋をたどりたいからだ。そうして、ひととおり書き終えると、こんどは長い仕上げの作業にかかり、時には3回か4回にわたって書き直しをする。私が苦労するのは、登場人物をどこから連れてくるかということだ。どうやって小説の世界に人を住まわせるか?
これは、創作の最も楽しい部分だ。作家は神の役割りを演じ、自分のアダムとイプ、蛇を創造し、本のページの中にしか存在しない人間たちに、過去、現在、未来を与える。最近、ディナーのあとに、ある精神科医と話していた際、登場人物を造りだす私の方法――ほとんどスタニスラフスキー(ロシアの演出家、俳優)的な――について質問ぜめにあった。そのあげく、医師の眉は頭の後ろに反り返らんばかりにはねあがった。「非常に危険ですね。架空の人物のなかにそれほど深く入りこむとは」彼は言った。それはすでに承知していた。妻もよく、仕事をしているときの私は別人だとこぽしている!
登場人物の創造に関して、なんとも不思議な経験をしたことが一度だけある。
70年代の終わりごろ、Hobber&Stoughtonの依頼で、後に『裏切リのノストラダムス」(創元推理文庫)と題された本を書くことになった。私の基本構想は、有名なノストラダムスの四行詩をとりあげ、第二次大戦中に、ナチと英国の両者がそれをどのような心理作戦に使ったかを織リ込むというものだった。
最初の草稿では、舞台を1939年から1945年のあいだに設定していた。しかし、どうも仕上がりに満足できず、その草稿を元にして、舞台を現代に置きかえて書き直したほうが読者により強いインパクトを与えられるような気がした。
あるアメリカ人の友人がいつか、ロンドン塔へ行った際に見張り番の英国民義勇軍兵士――私たち一般人にとっては守衛――から聞いた話を教えてくれたことがあった。ある日ドイツ人らしいひとりの婦人がやってきて、その守衛に、息子がスパイとして処刑された場所が見たいと言ったという。私はこの話を少し変えて冒頭に使い、義勇軍兵士がそのことを報告し、それが事務手続きによって秘密警察と諜報部に送られることにした。
そう決めると、ひとりでにこう書いていた。「そのファイルはハービー・クルーガーの机の上に置かれた」。まさにそのとき、クルーガーという男が、まるで親しく知っている人のように思い浮かんだ。その過去と今、欠点や嗜好、容貌、興昧、癖――何もかもが。何も考えだす必要はなかった。その人物はすでに完成された姿でそこに居り、あと1時間もすれば、詳しく描かれて誕生するばかりになっていたからだ。私はそれ以後もこの男を主人公とした小説を書き進め、結果的に三部作を成した。続編も、彼が再びやってきた瞬間から進行していった。こんなことは、その後にも先にも起こっていない。私にとっては特異な経験だった。読者に愛されたこの人物がいったいどこからやって来たのかは見当がつかないが、彼はたしかに、まったくリアルな存在として現われたのである。
ところで、この話には不思議な後日談がある。『裏切りのノストラダムス』を書き終えてひと月ほど後に、私は妻とともにアイルランド共和国に引っ越した。洗足木曜日にダプリンに着いてみると、借りることになっていたアパートが、まだ入居できる状態ではないことがわかった。友人に電話して、とりあえずどこか泊まれそうなホテルはないかと相談すると、ウィックロー・タウンにほど近い寂しい場所にある城をおしえてくれた。ダブリンからは1時間ぐらいで、オーナーはドイツ人の夫妻だという。
真っ暗闇のなかで見つけたその城は、まるでドラキュラの物語から抜け出てきたかのようだった。呼ぴ鈴の太い引き紐を引くと中で犬が吠え、よくは聞き取れなかったが、犬をたしなめるような声がした。たくさんのかんぬきがはずされる音がして、ようやくドアが開いたとき、――そう、お察しのとおり――私が生んだハービー・クルーガーその人が現れたのだ。物腰も、ぎごちない英語も、何から何まで彼そのものだった。私はただその事実を受け入れた。すべてがあまりに不思議で、分析してみようとすら思わなかった。世の中にはこんなこともあるのだと知り、その、現実世界の彼のふたごに出会ってからは、ますますこの主人公のことを書くのが楽しくなったのである。