No. | 作品 | 著者 | 出版社 |
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1 | ゴッド・ファーザー | マリオ・プーヅォ | ハヤカワ文庫 |
2 | 郵便配達はいつも二度ベルを鳴らす | ジェイムズ・M・ケイン | ハヤカワ文庫ほか |
3 | 殺人保険 | ジェイムズ・M・ケイン | 新潮文庫 |
4 | 小シーザー | W・R・バーネット | ダイアル・プレス出版 |
5 | 冷血 | トルーマン・カポーティ | 新潮文庫 |
6 | エディ・コイルの友人たち | ジョージ・V・ヒギンズ | ハヤカワ文庫 |
7 | 内なる殺人者 | ジム・トンプスン | 河出文庫 |
8 | スティック | エルモア・レナード | 文春文庫 |
9 | 太陽がいっぱい | パトリシア・ハイスミス | 河出文庫 |
10 | 女と男の名誉 | リチャード・コンドン | ハヤカワ文庫 |
リチャード・コンドン
この国の、小説や映画、テレビのなかの犯罪嗜好は相変わらず衰えることを知らない。だが、犯罪はもう手軽なエンタテインメントではない。通行人が通りすがりの車から射殺され、子供が子供を撃つという“世界に冠たる犯罪都市”の名にふさわしい都市が増え続けるアメリカの現実は、かつて何よりの娯楽だったフーダニット(犯人さがし)型のミステリの楽しみを圧倒した。よき気晴らしとしてのファンタジー、“犯人は執事なり”のたぐいの推理小説に別のものがとって代わった。それを押しのけて登場したのが現実的な殺人だ。
本やスクリーンやろくでもないブラウン管のなかの犯罪は、この国にとって実際の犯罪の手口の見本になった。膨大な読考や視聴者は、マスコミからやたらに情報を送りこまれるプレツシヤーのもとで、“自分だけはきっと神が守ってくださる”と思いながら、本物の犯罪の恐怖から離れたところでそれを楽しむ。そうやって、探偵小説は、悪党が活躍する犯罪小説に押しのけられていった。そして、アメリカのスボーツや宗教、理想の女性美が産業化されてきたように、犯罪も産業化してきた。「われわれはジェネラル・モーターズよりビツグだ」現代の組織犯罪の二大創設者のひとり、メイヤー・ランスキーは言っている。
私が『女と男の名誉』のような主題にひかれたのは、組織犯罪が国民的嗜好に対応する産業であるだけでなく、他のすぺてのカテゴリーの犯罪とも重なリ、それを磨きあげていたからだ。アメリカ人が殺人を国民的スポーツとして見物しているとすれば、素人よりも、手際のよいプロの技を期待しているはずだ。アメリカの生活に欠かせない集団スボーツの遠い親戚として、われわれは犯罪というものを、情報産業を介することで、第三者的に、それも洗練された究極のプロフェッシヨナリズムの形で楽しみたいのだ。すぺてが産業化されている社会では、何についても、金のためにやる連中がいちばん上手にやるということはみんな知っている。国全体の犯罪発生率や、自分の住んでいる町での殺人事件の発生率が上がろうが下がろうが、たいした反応はない。それが素人のやることだからだ。もし、殺人が、やる価値のある仕事なら、うまくやってのける価値がある。そこで、国民はこぞって組織犯罪に魅了される。なんといっても、組織のメンバーはみな、爪の先までその道のプロなのだ。
私が『女と男の名誉』を犯罪の年代記として書いたのも、組織犯罪が職業性をもっているためだ。彼らが人を殺すのはビジネスのためであリ、そこには健全なアメリカのビジネスマンならだれしも理解できる要素がある。ニューヨークに拠点をおくマフィアのファミリーの収入を集計すると、黒人やアジア系の産業犯罪組織を除いても、年間百億ドルを超え、しかも税金がかからない。こうした条件下で、多くの組織がらみの殺人は、個人的なものでなく、組織にとっての必要性から起きるようになった。そしてこの国の情報過多産業は、アル・カポネと聖バレンタイン・デーの虐殺から殺人会社、そしてジョン・ゴッテイにいたるまでのその手の殺人を、紛争を沈着におさめる効果的な手段として魅カ的に描いてきた。
犯罪はアメリカの主要産業だ。議会の動きにはじまって、一斉に犯罪撲滅運動が行われることはあっても、そこでの犯罪の定義はほとんど素人のものだけに限定され、ボロ儲けしているプロの犯罪考や政治家とその黒幕にまでは及ばないようになっている。その対象は、もし取り締まるとすれば百以上の監獄が満員になり、何十万人もの警官を動員しなければならないようなたぐいの犯罪、全米ライフル協会が申し立てる憲法の修正箇条の第2項“武装する権利”によって守られた素人が犯すような犯罪だ。この修正箇条第2項は、二百年あまり前の独立革命時に、インディアンの襲撃の危険のある辺境、したがってあたりにスーパーマーケットもなく、父親が食品を買いに出かけるのにも銃を必要とするような土地に住んでいた人々が求めた権利だった。しかし、いまだに銃器は簡単に手に入る。合法的に、手軽に。そして国民全体が銃を持つことをおぼえ、とうとうアメリカ合衆国は殺人の最先進国になった。
クライムノヴェルは、街に散らばる死体や殺人に伴う苦痛からわれわれを遠ざける。犯罪をあらゆる形態のストーリーにして語ることで、小説は犯罪を実際よりももっと矛盾のない方法で説明する。クライムノヴェルは、犯罪の結末をマスコミという情報過多の産業よりもっと直載に示してみせる。マスコミは犯罪を報道し、追跡し、徹底的にやリこめなければならないが、何ヵ月かのうちには、犯罪の断罪が犯罪者の処分にすりかわってその意昧は失われてしまうからだ。
そしてもうひとつ、クライムノヴェルには、現実の犯罪のとおり、アマチュアだけでなく、プロもちゃんと出てくるのだ。