犬橇
著作名
犬橇
著者
ジョゼ・ジョバンニ
ジャンル
冒険小説
星の数
★★★
出版社
ハヤカワ文庫
原作出版
1978
備考
世界の冒険小説総解説より

アウトライン
 1958年に『穴』でデビューして以来、ジョバンニは、一貫して社会の裏側、やくざの世界で鎬を削りあう男たちを描き、フランス暗黒小説の旗手として、注目されていた。
 しかし、78年に発表された本書はそれまでの作品と異なる、本格的冒険小説で、ジョバンニの新境地を切り開くものとなった。

沈着冷静な英国人を父に、多少奔放なところもあるフランス人を母にもつケベック生まれのダン・マーフィーは、控えめな態度をとるのが習い性となっていた。

ケベックの大学で教鞭をとり、「北極生物研究所」で働くため、アラスカにやって来た彼は、羽目をはずすことがなかった。たった一度だけ、40の声をきいたばかりのときだったが、事件のあった日、彼はあのいまいましい医師ウィリアム・ベットニガーにたいして自制心をなくしたのだ。

北極の生物を研究していくうちに、白熊の乱獲が、動物たちの有機的な関係の破壊に繋がる、と考えるようになった彼は、国やハンターたちに狩猟をやめるように説得活動を続けていた。そして、ある時、不幸な事故が起こった。裁判で有罪判決を受け、5年間、アンカレッジの刑務所で服役した彼は、この日、フェアバンクスの町に帰ってきたのだった。

ダンは金に困っていたが、運をたのむのは嫌いだった。3月にイディタロッドで行われる“犬橇”レースの優勝賞金で、今後の生活を賄うつもりになっていた。

あの事件のあとでも、彼を友人扱いしてくれるたったひとりの白人、ボブ・リーヴの助けを得て、彼はレースの準備を始めた。最初は、ダンを嫌っている男と一緒になった、もと内妻のヴァージニアを尋ね、リーダー犬のエクリュークを引き取ることだった。

エクリュークは犬小屋に一匹だけでいれられていた。リーダー犬なので、ほかの犬とはいっしょにできないのだ。ダンの姿を認めると、エクリュークはさかんに跳びはね、さまざまに声の調子をかえて吠えはじめた。ダンは妻子でも抱擁するように、犬を抱きしめた。

文明から見はなされたインディアン部落“ミントー”で、ダンはレースの準備をすることにした。名を隠し、レース用の犬たちを手に入れた彼は、訓練に余念がなかった。犬たちのためでもあったが、不自由な彼の片足のための訓練でもあった。くる日もくる日も、彼は雪を蹴り、犬橇を押した。途中、警察のいやがらせもあったが、彼は訓練を続けた。しかし、十歳をこし、体の衰えたエクリュークでは、イディタロッドの千八百キロのレースを走りきるのは困難である。どうしてももう一匹リーダー犬が必要だった。グリーンランド産の若犬ブルを手に入れ、訓練を始めたが、エクリュークとブルは互いに先頭を譲ろうとせず、隙をみつけては他の犬に跳びかかった。二匹のリーダー犬を一緒に走らせるのを諦めたダンは、一匹を橇に乗せ、交替で走らせるしかなかった。そのうえ、一匹を橇に乗せるとなれば、レース優勝どころか、完走さえも無理かと思われた。しかし、ダンは走らなければならなかった。賞金のため、というよりも、自分の失われた誇りのためだった。

三月三日、イディタロッド・レースの日。

ダン・マーフィーが出場すれば、レースに傷がつく、敵意をふくんだ声が、彼の耳もとでロンドを躍っているなか、二十日間に及ぶ苛酷なレースがスタートした。

ダンは一日で三匹の犬を失ったが、まだおよそ十八区間が残っていた。これから先に本当の困難が待ち受けている。激しい雪嵐、飢え、そして、ダンに敵意を抱くライバルたちの妨害。闘いの雪原を、ダンと犬たちは走らなければならないのだ。

そして、いよいよゴール寸前のデッドヒートだ。本当に必死になった男達が、最後の力を振り絞って疾走するシーンは、まさにクライマックスにふさわしい迫力である。舞台がフランスからアラスカに移っても、やはりジョバンニはジョバンニだ。さて、勝つのはダンか、それとも……。


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