Mr.クイン
著作名
Mr.クイン
著者
シェイマス・スミス
ジャンル
犯罪小説
星の数
★★★★
出版社
ハヤカワ文庫
原作出版
1999
備考

主人公のクインが凄い。  まず、この男は、われわれ良識ある読者にはとうてい許容できない凶悪な犯罪者だ。

かりに本書で餌食にされる金持ち一家が、強欲で、傲慢で、偽善的な連中なら、わりと単純に 痛快なピカレスク小説になるのだろうが、この一家はじつに善良で心優しい人たちなのだ。
しかもクインの考案する殺人の方法は、彼らの心優しさにつけこむ、悪どい手口は読んでいて居心地悪いことはなはだしい。

そもそも“憎めない悪党”や“魅力的な悪党”というのは、悪いことはしても、そう極端に悪いことはしない、あるいは極悪人でも、 弱いものいじめはしない、というのが必要条件だろうが、クインはその一線を軽々と越えてしまっているのである。

にもかかわらず、われわれはこの男の語りに引きこまれてしまうのだ。
クインがあっけらかんと、また理路整然と、自分の悪事を肯定するので、毒気を抜かれてしまう、といったらいいだろうか。

自分のやっていることは道徳的でも不道徳的でもない、たんなるビジネスだ、とうそぶき、 慈善準備を周到にやれとか、細部に留意せよとか、捕まらないための予防措置をとれといった、完全犯罪のノウハウを語り、おのが才知をひけらかす。

その臆面のなさ。陰険ではあっても、陰湿さがまるでない。

加えてこの男には道化の素質があり、若い女との浮気がばれ、妻にブランデーの瓶で殴られると、 たいした傷でもないのに大騒ぎしたりする。

そして浮気に関しては一家言あって、男が複数の女と関係をもつのは正当なことだ、とりわけ 自分の場合はそうしていい根拠があると、爆笑ものの強弁をする。
卑猥で下品なジョークを連発し、ときに自分の論理の身勝手さを自分で笑いながら、 ヒューマニズムやフェミニズムを痛烈に皮肉るクインのトリックスターぶりに、われわれ良識ある読者も、眉をひそめながら、つい笑ってしまうのだ。


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