女刑事の死
著作名
女刑事の死
著者
ロス・トーマス
ジャンル
ハードボイルド
星の数
★★★
出版社
ハヤカワ文庫
原作出版
1986
備考
ミステリベスト201より

ワシントンの乗員委員会顧問ベン・ディルには、十歳違いの妹がいる。早くに両親をなくした彼女はベンの手で育てられ、故郷の中西部の町で刑事になった。彼女はよく兄に手紙を書いてよこす。町の噂、下品なゴシップ、どうってことのないスキャンダル。故郷を出ていった者たちは故郷の便りをもらうべきだというのが彼女の持論であり、手紙は自分についてというより町の記録ともいうべきものだった。彼女は故郷を愛していたらしい。そんな彼女が二十八歳の誕生日に死んだ。プラスチィック爆弾によって車ごと。ディルは十年ぶりに故郷に帰るが、そこで見た妹の生活ぶりは彼が全く知らない女のものだった。

読ませる作家ロス・トーマスの、アメリカ探偵作家クラブ最優秀長編受賞作である。それにしても読後の、この深い余韻はどうだろう! 心の一番柔らかいところを、素手で握られたかのような痛み、すらある。作者は兄妹間の愛情からセンチメンタリズムを、帰郷という行為からノスタルジーを極力間引く。それによって私達は“身の上話”の卑小な罠におちいることなく、より普遍的な感情の高みにのぼることができるのだ。

刑事の給料ではとうていまかなえない家の購入。手紙でも知らせてこなかった上司の警部との婚約。兄を受取人にした莫大な死亡保険。もうひとつのかくれ家。知らなかった妹の“素顔”は物理的にも精神的にも妹の不在をつきつけてディルを宙づりにするが、彼が目にする町には昔のままの看板や通りや建物があり、なじんだ店にいけば料理も給仕人もかわらない。建物の歴史や店の由来、料理のメニュー、ぽんこつ新聞記者や老獪な老給仕人とのやりとりなど一見ストーリーとは無関係に思えるエピソードの数々が、ここでは妹の不在という感傷をうめる実在として確かな手応えをのこす。みごととしかいいようのない語り口。最後の二ページには何度読んでも泣かされる(温水ゆかり)


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