ナヴァロンの要塞
著作名
ナヴァロンの要塞
著者
アリステア・マクリーン
ジャンル
冒険小説
星の数
★★★★★
出版社
ハヤカワ文庫
原作出版
1957
備考
世界の冒険小説総解説より

アウトライン
 エーゲ海に浮かぶ不沈の砲台、ナヴァロン島。それはトルコ沖の要衝を占め、連合軍の艦艇を欲しいままに葬り去っていた。砲は、断崖の中腹に設置され、オーバーハングが上空からの攻撃を不可能にしていた。とすれば少人数のコマンドによる上陸作戦しかない。が、島は絶壁に囲まれている。一方、近くのケロス島には千二百名の連合軍将兵が、救助の手立てもなく取り残されていた。

[プレリュード 日曜 01:00−09:00]
 二つの強烈な裸電球で照らされた状況聴取室には汚れた空気がこもっていた。
「諸君、トーランス空軍少佐だ。少佐は今晩の攻撃の指揮をとったのだ。少佐、こちらの――イギリス海軍のジェンセン大佐と砂漠挺身隊のマロリー大尉は、ナヴァロンにたいへん興味をもっておられる。今晩の攻撃はどうだった?」空軍大佐が口を切った。
 ナヴァロン! 俺が呼び出されたのは、このためだったのか。マロリーはそう思った。その名前は誰でも、東部地中海に配属されたものなら、なおさら、その難攻不落の存在を見にしみて思い知らされている。
「血まみれの苦戦でした。もう二度と行きたくありません。いや、――あと一回、行ってもいい。この作戦を考えた奴を乗せてね。一万フィートからパラシュート無しでナヴァロン目がけて落としてやりたいですよ」
 沈黙がその場を覆った。
「どうして私を選ばれたのですか」マロリーは、たずねた。ジェンセンは微笑った。
「こわいか?」
「むろん、こわいです。ですが、そういう意味で尋ねたわけではないのですが」
「わかっている。それは――君がニュージーランドの生んだ最も偉大な、いや、世界一のロック・クライマーだからだ。ナヴァロン島の南、ナチの警備が手薄だと思われる地点は、手がかりすら見あたらぬ絶壁だからだ。
 君と、君のパーティー――全員で五人、マロリー登山隊ということだ。彼らは皆、エキスパートだ。今日の午後、ひきあわせよう」

[日曜 19:00−月曜 02:00]
 マロリーはコーヒーをすすりながら、船上の部下たちに目を細めた。
 フケツのミラー、あだ名のとおり、だらしない外見にもかかわらず、爆発物の扱いは天才的、南欧きっての破壊工作員である。
 ミラーの後ろには、ブラウンが座っている。彼は無線、エンジンその他の機械のプロフェッショナルである。
 そしてアンドレア。マロリーとともに、ドイツ占領下のクレタ島で十八ヶ月を生き延びた男。陽気な外観の巨体の陰に、恐るべきパワーとスピードを秘めている。
 スティーブンス。マロリーは眉をひそめた。現代、古代ギリシャ語に通じ、マロリーに優るとも劣らない登攀技術を持ち、航海術を身につけている。だが、若い、若すぎる……。
 しかし、大西洋全域を探したとしても、これ以上の人選はできなかっただろう。

[月曜 07:00−17:00]
「せっかく休んでいるところを気の毒だが、三十分後に出発する。装備を積み込もう」マロリーはブラウンを振りかえって「機関を調べたいんじゃないのか」
 ブラウンは、ボロボロの機帆船を見おろして「サビの固まりを機関だと言ってもいいならですがね」とつぶやいて、跳び乗った。
 服、食糧、燃料、無線機、シュマイザー、ブレンなどの銃器。酒類。最後に慎重に木箱を二つしまいこむ。TNT、アマトル、ダイナマイト、ほかの爆発物である。
 五時間後、船はナヴァロンへ向けて走っていた。全員がギリシャ船員に変装している。ドイツ軍の臨検の際、貴重な数分をかせぐためである。
 スクラップ寸前のエンジンが停止した。修理には少なくとも四時間はかかる。彼らはマストに帆を張って、進み続けた。
「大尉、機帆船です。まっすぐこっちへむかってます」とアンドレア。
「全員を集めてくれ」
 全員がそろうと、マロリーは一刻もむだにはしなかった。
「停船を命じられ、臨検を受けることになるだろう」彼は口早にいった。
「奴らは情報をつかんでいる。だから徹底的に調べるだろう。中途半端なごまかしはきかん。これだけは肝に命じておいてほしい。こっちが沈むか、やつらが沈むかなんだ」
「しかし……」スティーブンスが口をはさんだ。緊張で顔が青ざめている。
「それじゃ虐殺ですよ。人殺しも同然です」
「だまってろ、坊や!」ミラーが吠えたてた。「もういい、伍長」マロリーが鋭く言った。
「大尉、有利に戦争を行うということは、敵を不利な立場におき、対等なチャンスを与えないということなのだ。良心の問題ですらないのだ。よし、配置につけ!」
 巨大なディーゼル機関の騒音がかすかなささやきにかわると、ドイツ軍の機帆船はわずか六フィートのところに平行にすべりこんできた。いかめしい冷ややかな顔をした若い大尉が、操舵室から身を乗り出すと「帆をおろせ!」と叫んだ。
 マロリーは全身をこわばらせた。ドイツ軍大尉は、英語でどなったのだ。若いスティーブンスはひっかかるかもしれない。
 が、スティーブンスはだまされなかった。「ウーン?」彼はわめく。その間の抜けた顔は演技賞ものだった。
「悪いけどドイツ語は話せないんだ」
「帆をおろせ、臨検する」
 シュマイザーで武装した三人の水兵がとび移ってきた。二挺のシュパンダウの弾道を避けながら、一人が船首にむかい、前部マストの所で、さっとふりかえると、自動小銃をまわしながら、全乗組員をカバーする。手慣れた仕事ぶりにマロリーは素直に感心した。
 のこりの二人は落ち着きはらって船尾にむかった。船尾ではブラウンが機関をいじり、ミラーがその手伝いに余念がない。もっとも右ききのミラーが左手で作業をしてしるが。
 マロリーは、慎重かつ冷酷に、そして正確に、シュパンダウの射手の心臓を打ち抜いた。ブレンをかえすとマストの傍の水兵が身をよじった。胸は銃弾でほとんど引き裂かれそうだ。ブラウンはエンジンのかげに隠し持ったオートマティックの引き金をしぼり後部機関銃手をたおした。同時にミラーとスティーブンスは右手の手榴弾を機関室に投げこむ。アンドレアはコブラのようなすばやさで二人の水兵の頭を?み、ものすごい力で頭をたたき合わせた。そして、いっせいに身をふせた。ドイツ軍の機帆船は紅蓮の炎に包まれ、みるみる姿を消していった。
 空は鉛色に曇り、第一級の暴風が今にもやってきそうな気配だった。ナヴァロンの砲台を首尾よく沈黙させることができるのだろうか。


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