書き出しはあまりにも有名である。
"The night was young, and so was he. But the night was sweet, and he was sour."
「夜は若く、彼も若かった。が、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった」
甘く、もの悲しいリズムを含んだ独特の文体。この文体で、ミステリー史上不滅のサスペンス・ストーリーが綴られてゆく。
株式仲買人スコット・ヘンダースンは、苦虫を噛みつぶしたような顔で夕闇の街をさまよっていた。妻のマーセラと喧嘩したのだ。背景には女性問題があった。ヘンダースンは以前から、キャロル・リッチマンという若い女性と愛し合っており、今日、マーセラと外で食事をし、離婚を申し出るつもりだった。ところが、彼女は話し合いを拒否し、嘲笑った。激昂した彼は、「これから街へ出て、最初に出会った女を、きみのかわりに連れていく!」と怒鳴って飛び出してきたのである。
ヘンダースンは、その言葉どおりのことを実行した。たまたまネオンが目にとまったバーに入り、カウンターに一人で腰かけていた女をデートに誘ったのだ。それは、奇妙な帽子を被った女だった。南瓜そっくりの形をし、燃えるようなオレンジ色をした帽子で、真ん中からは羽毛が1本、触覚みたいに立っていた。
この女性とヘンダースンは一夜限りの友達となった。お互いに名前も住所も聞かない取り決めをし、ショウを見、食事をして、夜中の十二時前に別れた。
帰宅した彼を、思わぬ事態が待っていた。家には刑事たちがたむろしており、マーセラが何者かにネクタイで絞殺されたことを告げたのである。離婚問題、凶器となったネクタイ、アリバイのないこと、あらゆる状況証拠がヘンダースンの犯行を指し示していた。警察は彼を逮捕し、裁判で死刑が確定した。
彼の無実を証明してくれるものはただ一人、ヘンダースンと一夜を過ごした奇妙な帽子の女性の証言である。彼の恋人キャロル・リッチマンと親友のジャック・ロンバードは、この名前も身元もわからない女性を、必死に探し出そうとする。
が、彼女はまるで幻でもあるかの如く、杳として行方が知れなかった。その間にも、死刑執行の日は刻一刻と迫ってくる……。