スペンサー

「ミステリーは眠りを殺す」(「ぼくらはカルチャー探偵団」角川文庫)より

ロバート・B・パーカーは、元は大学の先生で、だから処女作の『ゴッドウルフの行方』に描かれたキャンパスは非常に生き生きとしていた。彼が教師であったということは、その作品にとってとても大きなファクターで、こじつけてしまえば今は亡き石坂洋次郎が教師であったことで、その青春小説群にリアリティが生まれたのと、重ねあわせることが出来るくらいである。ファースト・ネームなしのスペンサーと、相棒の黒人ホーク、そして、ソーシャル・ワーカーのスーザン・シルバーマンの作り出す三角形は、青春小説のプロトタイプを忠実になぞったものだ。彼の作品が男性にも女性にも、中で特に若い女性に人気があるのは、まさしくこの理由による。ハードボイルド・ヒーローとされているキャラクターが、こんなにも若い女性に愛されているというのは、ただごとではない。少なくとも、スペンサーは私立探偵という地の底を足をひきずりながら歩いているプロフェッショナルのはずなのに、これは、要するにスペンサーのキャラクターの中にあるまっとうさとやさしさが、ごく一般受けするものだったということであろう。依頼人に向かってたたく軽口も、マーロウやスペードのそれのようにサビのきいたものではなく、テレビドラマの主人公クラスの軽いものだったりすることで、読者はとても安心できてしまう。スペンサーの中にあるこの軽さは、料理やジョギング、シェイプアップのためのエクササイズ、そして酒への薀蓄などで、マッチョ・レベルに一見してとられるのだが、実はこれらはより一般的なタイプに収束させるための小道具にしかすぎない。このことは、多くの場合作者の投影であるハードボイルド・ヒーローにとっての生みの親の姿、この場合ロバート・B・パーカーの実像を見れば、わかる。彼は今、あのオーソン・ウェルズ顔負けの体重を持っているのだ。

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