ギデオン・オリヴァー

「名探偵ベスト101」村上貴史 編(2004)より一部抜粋

外見やしぐさを見て、その人の経歴や職業を言い当ててみせる――シャーロック・ホームズがしばしば披露した芸当だ。ホームズのいろいろな要素を踏襲した名探偵はたくさんいるけれど、この技を受け継ぐ者はほとんどいない。

キデオン・オリヴァー教授は、その貴重な後継者である。もっとも、ホームズとは違って、基本的に生きている人間は観察対象にしない。それどころか、生々しい死体も苦手だ。

彼が相手にするのは、骨だ。形質人類学者のギデオンは、骨の大きさや形、状態を見て、その人の健康状態から生前の職業、果ては生活習慣まで言い当ててしまう。そんな彼の特技が、迷宮入りの事件を解決に導くことも少なくない。かくして付けられたあだ名は「スケルトン探偵」。貧相な体格の陰気で偏屈な老人を連想させるあだ名だが、実際のギデオンは恰幅もよく、会話にもウィットを感じさせる好人物だ。

ギデオンは人類学者としての職務で、あるいはプライベートで、世界各地に旅に出る。彼が事件に遭遇するのは、決まってその旅先だ。そんなとき、彼のかたわらにはいつも頼れる味方がついている。

それは彼の妻、シリーズ第二作の『暗い森』で出会った、森林保護監督官のジュリーだ。ギデオンの旅行には決まって一緒について行き、夫と同じできごとを見聞きしている彼女は、しばしばギデオンが見落としていた事実を指摘し、時にはギデオン以上のひらめきを発揮する。正直なところ、ギデオンは骨以外のことについては特に天才的な推理力を発揮するわけではない。見落としや勘違いも、別に珍しくない。そんなギデオンにとって、彼女は実に心強い助言者なのだ。

最近の事件では、ジュリーはもはや助言者役にはとどまらない冴えを見せている。犯人が捕まった後で、関係者の不可解な行動のことを「あれはどういうことだったんだろう」とギデオンがジュリーに尋ね、彼女がそれに答える(逆ではない!)場面まで見られるのだ。

時に名探偵以上の働きをみせる、名探偵が愛してやまない秘密兵器。いつの日か、「ギデオン・オリヴァー教授シリーズ」が「オリヴァー夫妻シリーズ」になることがあるかもしれない。もしかしたら、オリヴァーは骨の分析役にとどまって、事件の大部分はジュリーが解決してしまうかもしれない。……だが、それはそれで、ギデオンにとっては決して不幸なことではないだろう。大好きな骨を見ることができて、愛する妻がそばにいるのだから。

(古山裕樹)

作者のアーロン・エルキンズは、作中のギデオンと同じように、大学で人類学を教えていた。つまり、専門家が自分の専門を活かして書いたミステリなのだ。そういう意味では、弁護士が書いたリーガル・サスペンスや、元軍人の書いた軍事スリラーと同じ系譜に属している。

もっとも、この分野での彼の圧倒的な強みを思えば、むしろロビン・クックの医学サスペンスや、ディック・フランシスの競馬シリーズに近いかもしれない。

とはいえ、自分の専門分野だけを頼りにしているわけではない。エルキンズには美術の世界を描くシリーズもあり、人類学を離れても十分勝負できる実力を証明している。

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