ジャック・フロスト警部

「名探偵ベスト101」村上貴史 編(2004)より一部抜粋

フロスト警部ロンドンから百キロ程の田舎町デントンの警察で警部を務めるジャック・フロストは、一日二十四時間のほとんどを仕事に費やす。そんなに働くだけでなく、かつての功績により、女王陛下から勲章を賜ったという経歴もある。

しかしながらこの男、規律とは無縁であり、書類仕事も全くの苦手である。その結果、オフィスには仕掛かり中の書類が山積みだし、署長の要請はほったらかしだし。要するに、組織としてははなはだ不適切な男なのだ。

だが、こんなにもだらしなく中途半端な人間が、こそ捜査に限っていうと、なぜ、夜を徹して働き続けるのだろうか。

それは、彼が家に帰りたくないからである。フロストは、結局幸福な家庭を築けないまま、妻に癌で先立たれている。そして、『クリスマスのフロスト』で「子供は欲しかったよ(中略)でもできなかった」と述懐しているように、一人だけで残されたのである。生前は妻を避けて家に帰らず、彼女が亡くなった後は、不幸な死を迎えた彼女の残り香を避けて家に帰らないのであろう。なまじ家庭というものを大切にする意識がある故に、自分が妻を幸せに出来なかったという失敗から、必死になって目を反らしているのである。

それほどまでに、フロストは人と人との間の細やかな感情の動きに敏感なのだ。たとえば、『夜のフロスト』で犬との交接をビデオに撮られた少女のことを、家族にどう伝えるか(あるいは伝えずにすませるか)を、知恵を絞って考え、多少警察官としてはあるまじき行いをしても、家族への配慮を優先しようとするのだ。そうしたフロストの優しさは部下の間でも認識されており、だらしなくて卑猥な中年男ではあるが、皆に慕われているのである。

親しまれてはいるものの、フロストはフロスト。部下の財布に打撃を与えるような大ポカも繰り返してしまう。残業手当の申請書類を二ヶ月連続して忘れるといったように、そのときに部下は、それを正式な苦情として所長に申し立てた。なにしろ、直接フロスト本人に文句を言うと「みんな、あんたのことが好きだから」冗談にごまかされて結局お金をもらえないことになってしまうのだからである。

冷え切った自宅から逃避し、自分を好いてくれる部下達のいる警察署や事件現場にしがみつくフロスト。不幸な家庭のつらさを十分知るフロストだけに、事件の解決を通じて、被害者の家族の痛みを和らげようと邁進するのである。そのフロストに付き合わされる警官達のなかには、家族との関係を危うくしてしまう者もでてしまうのだが、まあ、それはそれ。

(村上貴史)

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