モース主任警部

「名探偵ベスト101」村上貴史 編(2004)より一部抜粋

このシリーズは、基本的にラブ・ロマンスである。極上の恋愛小説はすばらしい。当の主人公であるモースは、ものすごくロマンチックな男なのだ。

テムズ・バレイ署の主任警部である彼は、事件の捜査中、魅力的な女性を見ると、早速淡い恋心を抱いてしまう。彼特有のフィルターをかけて、相手の女性の細かい美点に惹かれ、あっという間に脳内恋愛に陥り、妄想をたくましくしてしまうのだ。

モース自身はいわゆる「いい男」かというと、実はそうでもない。黒い髪と鋭いブルー・グレイの瞳、物知りでクラシック音楽、とりわけワーグナーがお気に入り。大のビール好きだけれども、お金を払うのは大嫌いと、ちとせこい。けれどもなぜかこういったところが特定の女性のツボを刺激するようで、しばしば恋愛感情(淡い好意を含めて)を抱かれる。その結果恋仲に陥ることもあるのだが、個人的な主義から独身を貫く。だが彼は決して手を抜かない。いつだって真剣そのものだ。

この姿勢は、犯罪者に対するときも同じ。瞬間的には何事にも真摯なモースは、「恋人」にも「容疑者」にもいつも本気であたるのだ。お互いの距離を測り、相手の出方を探り合うという点で、事象としての「恋愛」と「捜査」はよく似ている。モースにはどちらも大切なものなのだ。

そんな彼の捜査法は、きわめて直感的である。昔ながらの地道な聞き込みは、彼の直感を裏付けるための手段でしかない。その直感に従って、モースは豊富なイマジネーションのおもむくままに、次から次へと仮説を組み立てていく。クロスワード・パズルの名手でもある彼は、まるでパズルの升目を埋めるように、事件を分析するのだ。

具体的にどうするかというと、モースはまず、事件のあるパーツを見て、そこから全体像を規定する。そして、それに当てはまるような手がかりを用いて「事件」という名のパズルを組み立てていくのだ。ここまでは普通の探偵と変わらない。けれどもそこから先が大違い。詰めの段階で、足りないピースや余ったピースが出たら、想像力を駆使して、勝手に補ったり排除したりして、強引にパズルを完成してしまうのだ。やがて作り上げたパズルに致命的な欠点が発見されると、事件を解体し、最初から組みなおす。そして試行錯誤を繰り返した後、ようやく真相にたどりつくのだ。

そんなモースとコンビを組む部長刑事のルイスは、彼とは好対照に「脚での捜査」を得意とする謹厳実直で寡黙な、愛妻家。気まぐれな上司の暴走推理に、くらくらしつつも、時に、頭の回転が速すぎるモースには思いつかない助言で、彼の推理を助けるよきパートナーである。

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