ピーター・ウィムジイ卿

「名探偵ベスト101」村上貴史 編(2004)より一部抜粋

ピーター卿調書。1890年、ヴィクトリア朝後期に十五代デンヴァー公爵の次男として生を受ける。音楽と読書を友とする内向的な少年だったが、イートン校でクリケット選手として一躍人気者となり、オックスフォードで現代史学を専攻して最優等の成績で卒業。まもなく大戦が勃発して従事し、ドイツ軍に対する諜報活動で活躍した。帰国後は、従軍時代の部下であったバンターを執事として、ピカデリー110Aで、幼少からの趣味である、ピアノ、鳴鐘といった音楽、初版本・初期刊行本の収集、クリケットに加え、犯罪学を研究しながら、気ままな暮らしを送る。宝石盗難事件にまつわる殺人事件を解決して以来、貴族探偵として世間の注目を集め、以後、いくつもの難事件を解決する。著書に『揺籃期本収集評釈』『殺人者便覧』などがある。

さて、理想の探偵に必要なモノは何か? それは、難事件を解決できる能力を備えていることだ。ピーター卿の場合はというと、情報収集能力の分野では、筋金入りの書痴にして犯罪学の研究家、スコットランド・ヤードの首席警部が親友で、軍での実績もある。その情報を活かす頭脳の働きについても、学校での優秀な成績は言うに及ばず、『毒を食らわば』で見せた誰もが黒と言う事件を白と主張する思考の柔軟さ、『曇なす証言』で見せた目撃証言の僅かな食い違いから真相を導いた発想力、『ナイン・テイラーズ』で見せた複雑怪奇な謎を解きほぐす分析力と、申し分のない。体力的にもクリケットで鍛えているし、一晩じゅう巨大な鐘をつくことだってできる。さらには、探偵業にうちこめるだけの生活の余裕があり、ワトスン役を勤める忠実な執事までいるのだから、理想の探偵としては、足りないモノを探したほうがいいくらいだ。

では、理想の結婚相手としてはどうか? 家柄の良い金持ちの次男坊で、その会話は古典から探偵小説まで引用に次ぐ引用でウィットに富み、ワイン通でグルメ、金のかかる趣味は初版本の収集ぐらい。180センチの長身に、金髪灰眼、高い鼻。階級差別意識は低く、働く女性にも理解があり、文中何度も、ヴィクトリア朝的差別意識を揶揄している。何より、好きになったら一直線で、殺人事件の容疑者として捕らえられていた女性作家のハリエットに一目惚れをして、初対面の面会の席でいきなりプロポーズし、その後幾たび断られても諦めなかった情熱家。いいネいいネいいんじゃないの? ただ、ひとたび事件が起きるとそちらに夢中で、家を空けることもしばしばなのが玉に瑕。だが、それがなんだというのだ。亭主元気で留守がいい。

つまり理想の探偵は、理想の結婚相手なのだ。よく覚えておこう。

(不来方優亜)

ピーター卿やハリエットの人物造型とセイヤーズの生い立ちは深い関係がある。

お勉強のできる子供だったセイヤーズは、オックスフォード大学入学後、最優秀の成績で卒業。ところが、ハンサムな退役軍人の青年に惚れて、彼についてフランスまで行き結局相手にされず破局。さらにロンドンに戻り結婚するが、これも失敗。不遇な家庭生活を送った。

まず成績優秀だったのに、頭の軽い美男美女に騙される。ここまでは共通点。そしてここからの相違が切ないのだが、セイヤーズは幸せな夫婦生活を紙の上で実現させようとしたのだ。主人公2人には、セイヤーズの果てなき夢がたくされている。

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