ヘンリー・メリヴェール卿

「海外ミステリ・ガイド」仁賀克雄著(1987)より一部抜粋

ジョン・ディクスン・カーが創造した名探偵は、初期のアンリ・バンコラン、ゴードン・クロス、マーチ大佐、キデオン・フェル博士、ヘンリー・メリヴェール卿などいるが、後の二人が有名である。最後のヘンリー・メリヴェール卿はカーの別名カーター・ディクスン名義の著作で登場する。

フェル博士をもっと滑稽化した探偵がヘンリー・メリヴェール卿で、1934年、「プレーグ・コートの殺人」で登場した。彼は三百年も続いた由緒ある准男爵家の九代目で、内科医、王室顧問弁護士の資格を持ち、第一次大戦中は陸軍情報部長を務めている。通称H・Mで1871年2月6日サセックス州クランリ・コートに生まれ、登場したときはすでに六十代だった。体重200ポンド(91キロ)もある肥大漢。禿頭であぐらをかいた低い鼻から、いつもずり落ちそうなベッコウ縁の眼鏡を掛けている。

役所の上司を馬鹿野郎呼ばわりしながら、陸軍情報部の一室で両足を机に乗せてふん反り返っている。毒舌家で露悪趣味の下品な貴族だが、本人が大まじめの割にはへまばかりやって笑わせてくれる。イギリスの名優チャールズ・ロートンを思わせる風貌と態度である。この気むずかしい老人とうまく調子を合わせるのが、スコットランド・ヤードのハンフリー・マスターズ警部で、H・Mを引っぱり出しては「ユダの窓」はじめさまざまな密室殺人を解決している。カーの陰惨なオカルト・ミステリに、この絶妙のコメディ・リリーフがよくマッチしている。

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