ミステリーを読むためのキーワード辞典を超マニア集団が作ってくれた!

ミステリー・キーワード辞典

別冊宝島63「ミステリーの友(ミステリー・グルメになるためのメニュー)」より
牧原勝志(SRの会会員)

アームチェア・ディテクティヴ(安楽椅子探偵)

このタイプの探偵には、より高度な推理力の他に、自ら捜査できないというハンデ(主に身体上の)、もしくはよほどのものぐさであることが必要とされる。作品によっては、事件の渦中にある他人の不幸を楽しみとするふとどき者であることもままある。言ってみれば、作中の読者のようなもの。

アリバイ(現場不在証明)

犯人が決まって持っているもの。フーダニットを読んでいて、「こいつには確固たるアリバイがある。だから、犯人はこいつだ」などと決めつけてしまう困ったミステリー・ファンも少なくない。しかし、この論法で犯人がわかってしまう困ったミステリーもまた同様。

[アリバイ崩し]
 犯人は鉄道会社の協力を得てアリバイを偽造する。地味で思い込みの強い中年の刑事が、水戸黄門よろしく各地を捜査してまわり、犯人のアリバイを崩そうとする。――あとは死体と時刻表があれば、このパターンのミステリーはあなたにも書けます!

サスペンス

ミステリーの食卓上における「主食」。料理のしかたが上手ならばこれだけでも充分賞味しうる。が、これ以外は何もいらない、という人もそうはいないし、こればかりでは息苦しくもなる。だから、ユーモア、恋愛、アクションなどの「おかず」が必要とされる。ヒッチコックの巨匠たる理由のひとつは、この「おかず」の料理法にあると考えられる。

サプライズ・エンディング(意外な結末)

何作も読んでいるうちに慣れてしまう。最もTPOに左右されやすいファクター。評論家は、作者がこれを用意していることを声高に紹介して、読者の楽しみを奪うことを最大の評価であると思い込んでいる。また読者は、これがなければ文句を言い、あればあったで「これぐらいでは驚かない」などと言う。どちらも困ったもんだ。

しかし、読者の中にはこのようなことを言う人もいる。
 「あたりまえの解決だったので驚いた」

シールド・ルーム(密室)

一世紀以上の長きにわたって書き継がれてきた、伝統的かつ様式的犯行現場。幾多の作者がつくり出すのに腐心し、幾多の読者がその解明に脳細胞を駆使してきた。それほどまでにミステリー・ファンの心を捕えて離さない謎である。

しかし、その起源が類人猿の犯行にある、ということをかえりみる人はいったい何人いるだろうか。

スリー・ダニット

ミステリーの謎の基本的な提示。
[例] 誰がこまどり殺したの?(『マザーグース』)

フーダニット/それは私、とすすめが言った ハウダニット/私がちっちゃな弓と矢で、私が彼を射殺した ホワイダニット/……
しかし、すずめの犯行動機については、誰一人として言及していない。

ダイイング・メッセージ

自分を殺した犯人を示すために被害者がいまわのきわに演じるパフォーマンス。記号や数字を書き残したり、女の絵にひげを書き加えたり、本のあるページを破って握りしめたりといったふうに、犯人を指すにはひねくれているものがほとんどである。被害者は親切のつもりかも知れないが、捜査側にとってはだいたいありがた迷惑になる。

これが死にぎわの超人的なひらめきによるものなのか、それともただの悪あがきなのか、このネタの師匠であるエラリイ・クイーンでさえ、はっきりとしたことを言っていない。どうしても気になるという場合は、実際にこんなことをしそうなミステリー・ファンを殺してみる以外、解明する方法はなさそうだ。

トリック

犯人が他の作中人物に、作者が読者にしかける罠。独創的であることがつねに要求される。作者は自作のトリックに前例があるのではないか、と不安を抱き、読者、その中でもマニアと呼ばれる人種は、前例の有無に絶えず眼を光らせている。マニアが「そのトリックには前例があるよ」と言うときは、作品に対する不満とともに、自分の知識をひけらかすことのできた充足感が、そのセリフから感じられる。

ニューロティック・スリラー

「現代の狂気を描く」と言われる、異常心理がらみのスリラーの総称。最近このタイプのミステリーには、動機もなく襲いかかるベトナム後遺症の殺人者、怖れおののく独身キャリアウーマン、彼女を守る離婚歴のある中年男刑事、結構長い精神分析談議――といったファクターがよく出てくる。

中には、犯罪者の心理を書くことのできない作家が、自分の筆力不足をカバーするために、執筆の最後にきて無理やり自作をこのテのミステリーにしてしまう、という例もしばしばある(R・チャンドラー曰く「目玉焼きをつくり損ねて黄身が崩れたら急いで掻き混ぜていり卵にしてしまえ」)。

ミッシング・リンク(連鎖殺人)

紙の上だからこそ許される、ミステリーの世界において最も凶悪な犯行のひとつ。自分の名前がたまたま「あ」とか「A」とかで始まる、ということだけを理由に、連続殺人の犠牲者の一人にされることを考えてみろ。ニューロティック・スリラーの無差別殺人よりも、なまじ選択がなされているぶん恐ろしいではないか。

レッド・へリング(ミスディレクション)

正確な推理を妨げるために用いられるもの。作者が行間に泳がせている場合が多い。読者がこれに食いついたら最後、作者の思うつぼにはまり込んで抜けないまま解決編をむかえることになる。このように、非常に便利なので、プロットに自信のない作者が、自作の欠点から読者をはぐらかすために使いたがる。

ワイズ・クラック(へらず口)

私立探偵の最後の武器。金も拳銃も、権力の後ろ盾もなくても、これを口に出しさえすればヒーローを名乗ることができる。しかし、窮地におちいった時、精神的な余裕を見せようとして、これを悪人の前で用い、結果として肉体的な余裕を失う、なんてこともしばしばある。


inserted by FC2 system