強者(アルチュー)や心にしみいるジンの味

別冊宝島63「ミステリーの友(ミステリー・グルメになるためのメニュー)」より

Alcoholic アル中(内藤陳)

陳メ、近頃思うのだが、大昔、いやちょいと昔でもいいや、アル中っていたのかなーっと。アル中のランスロット、アル中のピタゴラス、アル中のキリスト、アル中のアルチザン……つまりネ、ハードボイルド以前にアル中はいたのか、と言いたいわけなのだ。イヤ、ハードボイルドからアル中が生まれたとか、ハメット、チャンドラーがアル中だったとか言いたいんじゃなくて(こっちは本当の話だけど)、アル中もハードボイルドも生まれてきた根ッ子(ルーツ)は同じじゃなかったかって事ね。

ところで陳メだが、“アル中”になるとなぜかお呼びがかかる。まるで人様は、オレがアル中かと思っているようだ。そりゃー今まで、『飲(や)らずに言えるか!』を出し、『飲まずに死ねるか」なんてコラムを四年も書いてきたし、生まれてこのかた体を通過した酒の量ときたら、象の体を洗タクできたかもしれないし、超弩級戦艦だって浮かべられたかもしれん。だけどこの調子でお呼びがかかったら、モチはモチ屋、酒は酒屋、そのうち陳メは、アル中屋になってしまいそうだ。これはアブナイ。危機感不安感不満とかいうものを酒とともに飲むことこそアル中の始まりなのだ。たとえばウチの青年部にもいるが、一夜深(フカ)ヒレ酒をしたばっかりにカリブの海賊レディ・ジェーン熱帯性低気圧が沿岸直撃するといったタイプ。日頃はオダヤカなんです、気くばりヨロシク、種々方々に気を使い、たとえ年下の者にでも敬語サン付けを欠かさず、そんな好漢が運命の日本酒をグゥーッ!と飲(い)くやいなや、会長(チンメ)のアゴ(弱点)にキックの嵐を見舞うワ眼光ランラン鼻息カンカンの客寄せパンダ模様でトリオ・ザ・パンチを乱打するワ――という有様。それが次の日、朝日のようにさわやかに旭光闇を吹き払うが如くケロリとして顔を出す。で、先夜の話題になるとエーッウッソーォ!?と懸命の逃げ(キーストン)をうちつつズブズブ反省酒闘世界に沈潜してゆくのである。こっちの方が陳メよりよっぽどアブナイ。たいていの場合、人がなぜアル中になるかということは大して問題じゃないんだ。アルコール自体が原因なんだ、と思ってみても、酒は食道をまっすぐ下って、胃袋の穴はふさいでくれるが、心の傷はふさいでくれない、のである。どうだ、『酔いどれ探偵街を行く』と『深夜プラス1』の連合軍で反撃なのだ。マイッタか、アル中予備隊メ!!

わが酒場「深夜+1」で、アル中探偵の話がタバコの煙と渦巻いていた夜、一人の客が言う。「今は、アル中じゃなくて、アルコール依存症って呼ぶんだゾ」

オイオイ待てヨ。そりゃあ世間の風潮は、そんな長ったらしい○○の不自由な人的言い慣らしになっちまったかも知らんが、そんなこたァほっとけ! えっ、カート・キャノンが、マット・スカダーが、アルコール依存症私立探偵だとォ!? カンベンしてくれヨ。よしんば得意の縮メ技でもって、アルイやアルゾンじゃ駅のソバも丸いうどんも一緒ゴッタ煮、意気上がらぬことベルト・ライト(おびただしく)、ハーヴェイ・ロヴェル様のS&W38だって夜泣きしようってもんだ。教会のパンフレットと一杯のココアじゃ“アル中”は治せない、のである。

そこで医者は言うのだ。百人に一人は治る、と。いやぁ相当なオッズだね。薬を使って治そうとする場合もある。これは、患者がふたたびアルコールを口にした時絶大な効果を発揮する。すなわち七転八倒ノタウチ苦悶ゲエゲロゲーをひきおこす荒療治らしい。『廃墟の東』では、今は一滴も口にせず、といった元アル中氏が、佳き女の親切心(イタズラゴコロ)が入れた二、三滴のジンに激しく反応するのは誇張でもホラでもないのである。

もっとオダヤカな方法もないわけじゃない。J・クラムリー『ダンシング・ベア』のミロのようにコカイン中毒に走っちゃうとか(もっとヤバイか!?)、お待っと(マット)サン!『八百万の死にざま』のスカダーみたいに、酒場へ行くかわり、AA(アル中自主治療協会)に通ってみる。ただしスカダーを手本にしちゃいけない。
「今日はパスします」
それしか言わないんだから。

しかし『八百万――』は凄まじいアル中小説だった。こんなのを読んでイイ気分になるヤツってのは、スカダーと確実に同じ道を歩んで行きそうだ。陳メなぞは身につまされ過ぎて酒をアオらずにはいられなかったものヨ。レイ・ミランドが失ったのは“週末”だけだったが、こっちはウィークデイまで全部なのだから……。

そんなスカダーだって十年前はいつも飲んでいたのだ。『聖なる酒場の挽歌』は、当時を振り返って、あの酒場この酒そして愛(いとお)しくも哀しきアイツらに捧げる挽歌である。

それにしてもアル中探偵ってのはどうして事務所を持たないんだろネ。キャノンにしろスカダーにしろ酒場か安宿でたまたま声掛けられて事件に入ってゆくのだ。それはきっと事務所の看板に「私は眠らない」とかじゃなくて、こう書いてしまうんだろうな。
「私は飲まない」

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