キングの死
著作名
キングの死
著者
ジョン・ハート
ジャンル
サスペンス
星の数
★★★
出版社
ハヤカワ文庫
原作出版
2006
備考
訳者あとがきより

物語の舞台となるのはノース・カロライナ州ソールズベリー市。主人公で弁護士のジャクソン・ワークマン・ピケンズ、通称“ワーク”は、依頼人との接見に訪れた拘置所で、父エズラの死体が見つかったと知らされる。頭部を撃たれており、他殺であるのはあきらかだった。現役の敏腕弁護士だった父の行方がわからなくなって十八ヶ月。すでにこの世の人ではないだろうと覚悟はしていたものの、その知らせにワークは動揺する。父が死んだからではない。犯人に心当たりがあったからだ。父がいなくなったいきさつを考えれば、殺したのはワークの妹ジーンでしかありえない。だが、夫との破局以来、精神が不安定となっているジーンを刑務所送りにするわけにはいかない。なんとしても守りたい。そのためには自分が身代わりになってもいいとまで思いつめるワーク。警察が妹に疑いの目を向けぬよう、必死の抵抗をこころみるのだが、父の遺言の内容が明らかになるや、事態は一転する――。

事件の進行とともに、ピケンズ一家における親子の確執、ワークと妻との夫婦の問題や、彼が子ども時代から抱えている罪の意識がしだいに浮き彫りになっていき、それが物語りに独特の雰囲気をあたえると同時に、事件を混迷させる要素となっている。なかでも、物語のなかではすでに故人となっているエズラ・ピケンズという人物には圧倒される。貧しい家の出身で、それこそ裸一貫でソールズベリー屈指の弁護士にのしあがったエズラは、金と名誉に異様なほど執着し、代々裕福な同業者を激しく憎み、非情で思いやりのかけらもない人間として描かれている。家族に対してもその態度は同様で、まさに暴君のごとく妻子を支配している。そのすざましさは想像を絶するが、南部という土地柄と、赤貧から成り上がったという負い目がそうさせたのかも知れない。

そしてその父エズラに、まさしく人生までも操られてしまった主人公ワークが、父の死をきっかけにみずからの人生を見なおしていく。父とはちがい、恵まれた環境に育った彼は、優秀な頭脳の持ち主ではあるが、いわゆるハングリー精神に欠けている。その分、人を思いやることができ、いざとなれば捨て身の行動も辞さないだけの勇気を持ち合わせてもいる。事件の真相とともに、彼が再生していく過程をも味わっていただければさいわいである。

また、事件のほうも、ひじょうにスリリングな展開を見せていく。警察はワークに疑いの目を向ける一方、ワーク独自の調査により、次々と意外な事実が明らかになっていく。エズラを殺したのは本当にジーンなのか。それとも彼に恨みを抱く、かつての依頼人なのか。はたまた……? いわゆるジェットコースター的なサスペンスではないが、最後まで展開の読めない謎は、筋金入りのミステリ・ファンも満足いただけることと思う。


inserted by FC2 system