ブルー・ベル
著作名
ブルー・ベル
著者
アンドリュー・ヴァクス
ジャンル
ハードボイルド
星の数
★★★★★
出版社
ハヤカワ文庫
原作出版
1988
備考
訳者あとがきより

アンドリュー・ヴァクスの連作は、ライセンスなき私立探偵バークが魔都ニューヨークの地下世界をゆくオデュッセイだ。第一作『フラッド』でも、第二作『赤毛のストレーガ』でも、この第三作『ブルー・ベル』でも、バークは運命的な女との出会いによって事件に導かれ、波乱の探索行に乗り出す羽目になる。標的は少年少女を餌食にする性犯罪者たちだ。バークは苦難の末に旅を成就させるが、地上への帰還のときが女との別れのときになる。

ふつう、同じパターンを三度も繰り返せば、またかという感じは避けられない。だが、『ブルー・ベル』の一種異様な暗い迫力と不思議な魅力は明らかに前二作をしのぐ。ヴァクスの作品に共通するのは、子どもを欲望の犠牲にしてしまう犯罪に対する激しい憤りだ。子どもの敵に対しては、日頃の用心深さをかなぐり捨てて牙をむきだすバークの怒りはヴァクスの怒りでもある。かつて弁護士として未成年者の権利擁護に尽くしてきた経歴からすれば当然なのかもしれないが、ヴァクスはほとんど執拗ともいえるほどの執念で、そういう悪を撃ち続ける。

この作品には、少女をいけにえにしたスナッフ・フィルム(実際の殺人シーンがクライマックスになっているポルノ映画)という、前二作より一段とエスカレートした犯罪が織り込まれている。現実にそんな事件が起きているのかどうかは知らないが、先日たまたまテレビ放映された映画でも――舞台はロス、被害者は少年という違いこそあれ――同じような犯行が描かれていた。米国の大都会では、そんな異常のきわみの惨劇でさえもが相当のリアリティーをもって語られているということであり、闇はそれほど深いということなのだろう。逆説的ないいかたになるが、その闇の底知れなさがヴァクスの情念を燃えたたせ、再三の挑戦の迫力を増幅させているのではないだろうか。

一方、ヴァクスの作品では、そういう舞台の生々しさとは対照的な物語性豊かなキャラクターが不思議な魅力を生みだしている。今回は、切り札のマックスが動きを封じられて後景に退くが、おなじみのバークの“ファミリイ”は健在だ。“息子”テリイをはさんで奇妙な綱引きを演じるミシェルとモグラをはじめ、それぞれが一段と個性を深めている。

しかし、なんといっても圧倒的に輝くのはヒロインのベルだ。ストリップ小屋の官能的なダンサーとして登場するベルは、バークに負けない上背の大女で、バストとヒップがみごとに突き出した素晴らしい肉体の持ち主だ。しかし、「悪い血」にそこなわれた顔は、ベル自身、醜いと感じて恥じている。ベルはその「悪い血」をもたらした暗い出生の秘密をバークに打ち明けて、魂の救済を求める。ベルの一途さにほだされたバークは、事件の探索にベルを同行する羽目になる。子どものようなかぼそい声で話すのに、途方もない大食家、すぐに涙をこぼすかと思うと、とてつもなく強情というベルの不思議なキャラクターも、アウトローの世界に生きて死ぬと思い定め、バークにマゾヒスティックなまでの愛を傾けるベルの激情も、その過程で浮き彫りにされてくる。

そういうヒロインの設定が最後のクライマックスで鮮やかに生きている。「ヴァクスのスタイルは最後の四分の一でみごとな成果をあげている。手の込んだ仕掛け、息もつかせぬヴァイオレンス、感情の激発、すべてがクライマックスに向かって一気に収斂する。そして、後には胸を打つ悲しみが残る」(パブリッシャーズ・ウィークリイ)という評のとおり、バークは難敵との死闘の後、ベルとの悲痛な別れを迎える。中盤、ベルが涙ぐんで、自分は花にたとえればブルーベル(bluebell)の花、と述懐するシーンがあるが、このラストシーンで、なるほどベルは暗い万華鏡に咲いた青い華だったと知れるのだ。ベルという名にブルーを冠した『ブルー・ベル』(BLUE BELLE)というタイトルは、原書の結びの一語にもなっているが、青い入れ墨と青い石のネックレスに彩られたいかにも寂しい女にふさわしい響きが残る。


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