百番目の男
著作名
百番目の男
著者
ジャック・カーリイ
ジャンル
警察サスペンス
星の数
★★★
出版社
文春文庫
原作出版
2004
備考
訳者(三角和代)あとがきより抜粋

舞台はメキシコ湾に面したアラバマ州モビール。モビーラ・インディアンが街の名前の由来というここはミステリではあまり聞き慣れない場所ですね。では目を閉じて南部の風景を思い浮かべて見ましょう。さあ、“現場を歩け”――イギリス、フランス、スペインとさまざまな国の人々が入植した歴史をもち、その影響でさまざまな様式が混在する街。クラシカルな屋敷の残った緑豊かな町並みでは、アザレアが銀梅花が木蓮が花をつけ、全高二十〜三十メートルに達するというがっしりしたオークが枝を伸ばし、その枝からは白いスパニッシュモスが垂れ、風に揺れている。『フォレスト・ガンプ』の故郷と言えば、イメージを喚起しやすいかもしれない。内陸地に通じる良質の水路を有する港町。青い海と白い砂。釣りが盛んで、アザレア・ロード・レースが開催される町。そしてニューオーリンズにお株を奪われてはいるけれど、じつはマルディ・グラ発祥の地でもある。

そんな南部のじっとり汗ばむ蒸し暑い夜に事件は起きる。公園で頭部切断死体が発見されたのだ。頭部は行方不明。被害者は若い男性で、死体には頭部切断のほかにもう一点、犯人によって、あるひと手間がかけられていた。捜査にあたるのはわれらが主人公、殺人課の若き熱血刑事カーソン・ライダー。カーソンは大学で心理学をおさめたバックグラウンドをもち、一年前にあるシリアル・キラー事件を解決して、異常心理事件を専門に扱う班の班員に抜擢された。これは幸いというべきか、この班は出番のないまま時は過ぎたが、こうして異常心理を示す事件が起こり、カーソンは本領発揮の場を得る。相棒のベテラン刑事、ハリー・ノーチラスと事件を追いはじめたのはよかったが、モビール市警内に存在するさまざまな力関係にじゃまされ、思うように捜査を進めることができない。事件とは別に心配事もある。気のいいカーソンは検死局で孤立している新人女性検死官のことを放っておけず、またなによりも、カーソン自身を苦しめている暗い過去という問題を抱えていたのだ。

この主人公カーソンと相棒ハリーの魅力が、本書の勘所。ものがこてこての異常心理殺人事件であるにも拘わらず、全体を包む爽快さはふたりの活躍があってこそ。考えてみれば爽快なテイストの残忍事件ものなど、なかなかお目にかかれない。つねに突っ走る傾向にあり、ときには突飛な行動に出るカーソン、それをユーモアを交えながら先輩らしい経験値の差を見せて制御しようとするハリー。信頼しあったパートナー同士。ふたりのやりとりにいかにも警察小説らしい醍醐味を感じていただければと思う。脇を固める面々も個性豊かで粒ぞろいだ。

そして本筋の頭部切断事件――なにゆえに頭部は切断されたのか? 犯人が死体に施したある事柄、その目的は? そして明かされる衝撃の事実。世の中なにがあってもふしぎではない、ひょっとしたら「わたしは見抜いた」と言う驚異の方もいらっしゃるかもしれないが、百人中、九十九人までが唖然とすること必至の真相が待っている。みなさまもともに驚きの声をあげてくだされば幸いだ。

著者が先達をリスペクトしてあの手この手でおもてなししてくれる、この扇情的で小気味よくて冒険小説風味もあるハートウォーミングな大人のミステリをめいっぱい楽しんでいただきたい。


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