源にふれろ
著作名
源にふれろ
著者
ケム・ナン
ジャンル
ハードボイルド
星の数
★★★★
出版社
早川書房
原作出版
1984
備考
ミステリベスト201より

アイクは生まれて初めて海を見た。彼は圧倒され目を奪われた。波の大きさに、それと戯れるサーファーに。ハンティントン・ビーチ、サーファーのメッカ。「おまえの姉はハンティントン・ビーチにいた。去年の夏、三人の男とメキシコに行き、男たちは帰って来たが、彼女は帰って来なかった」。見知らぬ若者が告げた言葉を頼りに、アイクはこの町にやって来た。二年前砂漠の町を出て行ったきり戻らない姉エレンの身に何が起こったのかを調べるために。三人の男は優秀なサーファーだった。彼らに近づくために彼もサーフィンを始めた。結果は散々だったが、偶然知り合ったパイカーの頭のプレストンという男に姉の話をした時から、事態は動き始める。

素晴らしい小説、本書を一言で形容しようとするとどうしてもこうなる。他に言葉が見つからない。単に面白いとか良くできたとかいう言葉では言い尽くせない小説だ。ひ弱で内向的な少年が行方不明の姉を探す過程で、心に傷を持った人々に出会い、性と麻薬と暴力とに翻弄されながらも成長してゆき、人生の根源にある何かにふれる話。「何かが腐ったら、おまえならどうする」。本書の核心とも言えるこの問に対して、対照的な生き方をする二人。変わったことを知りつつも変化などなかったかのように栄光を維持するハウンドと、足を洗い暴走族の頭となったが忸怩たるもののあるプレストン。この二人の姿を目にしたアイクがどのような答えを出すのか。カリフォルニアの光ではなく、影の部分を背景にそこに生息する人々をまるで映像を見るがごとく鮮やかに描写した一夏の物語。伝統的な西海岸ハードボイルドの手法を取りながらもその枠を越えた青春小説。人物造詣、ストーリーテリング、描写力どれを取っても申し分ない正に十年に一度の大傑作と言えよう。

作者ケム・ナンは、処女作である本書でアメリカ図書賞最優秀新人賞にノミネートされた。
(川出正樹)

「ほとんどの人間は、おれが話しているような旅を決してしてない。
出発しようとさえしない。
彼らは、自分の人生を自分自身から隠して生きる。
そのために――それと、道徳的規範を設けるのはそういう連中であるために、こっちの旅は孤独な旅になる。
こっちは一人ぼっちで旅に出る、世間一般の常識とはまるでちがうかもしれない旅だ、それに耐えられなくなってはじき出されてしまった人間をおれは何人も見てきた。
途中で信念を失ってしまうんだ。
手に負えなくなってしまうんだ。
ジャネットにも手に負えなかった。
プレストンにさえ手に負えなかった。
ジャネットがめんどうなことになったきっかけは、彼女の子供の父親がわからないというようなつまらないことだった」ハウンドはまた肩をすくめた。

「とにかく、おまえにずっといおうとしてたのはそんなことだ。
これはおまえの旅なんだ、兄弟。
おまえが選ぶんだ」


ロブ・マチャドとトム・カレン

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