夏の稲妻
著作名
夏の稲妻
著者
キース・ピータースン
ジャンル
ミステリ
星の数
★★★
出版社
創元推理文庫
原作出版
1989
備考
ミステリベスト201より

ニューヨーク・スター紙の記者ジョン・ウェルズは古いタイプの事件記者だ。煙草を喫い、ワープロを拒否してタイプライターに固執し、社の方針であるインフォテイメント(インフォメーションとエンタテイメント)なニュースには興味を示さず、社会の不正や腐敗にくらいつく。そんな彼がなじみの情報屋にみせられた数枚の写真。そこには上院議員選に立候補しているポール・アビンドンと女優の卵があられもない姿で映っていた。「これは記事じゃない」「彼の私生活は彼のものだ」とにべもなく断るウェルズ。だが情報屋が殺され、テレビがウェルズの関与を臭わせるニュースを流したとたん新聞社内での地位があやうくなってしまう。ウェルズは自分の首をかけて事件を追い始める。

『暗闇の終わり』(創元推理文庫)でデビューしたときウェルズは四十五歳。離婚し、最愛の娘が自殺をとげたことで無力感に苦しむ悲愴な中年だった。その鬱鬱とした内面描写は好みのわかれるところだったが、二作目の『幻の終わり』を経て本書にいたるにおよんで、キース・ピータースンの並々ならぬ力量が全貌をあらわしたというかんじだ。

本書に登場する人物たちはみんなどこか哀しい。人生に疲れたウェルズ、成功を夢みる若い女性、政治的野心にみちた人々、“堕落”から姫を救おうとするファナティックなドン・キホーテ。わずか一、二シーンしか登場しないポール・アビンドンの妻までもが深い余韻をのこす。ほどほどの厚みの本なのに、たっぷりとひたった気持ちにさせられるのは、会話、人物描写、心理描写、ストーリーのテンポも含めて、キース・ピータースンが“エッセンス”と“コンデンス”の作家だからだろう。

本作はアメリカ探偵作家クラブ最優秀ペイパーバック賞を受賞。シリーズは四作目の『裁きの街』(同文庫)まである。(温水ゆかり)


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