目は嘘をつく
著作名
目は嘘をつく
著者
ジェーン・S.ヒッチコック
ジャンル
ミステリ
星の数
★★★
出版社
ハヤカワ文庫
原作出版
1992
備考
海外ミステリ全カタログより

色づけが可能なあらゆるものの表面に、大理石、木材、竹など様々なものに似せて描かれた、視界を欺くような絵を騙し絵(トロンプルイユ)というが、本書のヒロインとなるフェイス・クロウェルはその職人である。三十九歳になる今も独身で家族もいない彼女は、ひたすら仕事に打ち込む穏やかな毎日を送っていたのだが、そんな彼女のもとを優雅な雰囲気を漂わせた一人の老女が訪れるのがこの事件の発端。

『目は嘘をつく』というタイトル、ヒッチコックという作者名、騙し絵画家というヒロインの職業と謎めいた絵。本書を手に取った瞬間から何かをやってくれそうな予感を感じる人は多いと思うが、その期待を裏切らない出来映えの傑作である。作者が巧妙に仕組んだ罠が待ち受ける結末まで読者は息を抜く暇もなく一気に読ませられ、ミステリの醍醐味を心ゆくまで味わうことができるだろう。ごく少数の登場人物はいずれも風変わりかつ魅力的であり、作品全体に満ちている上品な、それでいてどこかゴジックな雰囲気は読者を一気に作品世界に引き寄せることを可能にしている。背筋が寒くなるような結末までよどみなく読者を誘うさまはとてもじゃないが処女作とは思えないほどだ。これからも期待できそうな作家である。

さて、フランシス・グリフィンと名乗ったその老女は、大富豪であるとともに偉大なコレクターとしても有名な人物であった。人間嫌いで有名な彼女は、夫を亡くした今では隠遁生活を送っているのだが、フェイスの評判を聞きつけてやってきたらしい。自分の屋敷にある舞踏室を模様替えしたいので騙し絵を描いてほしいというのだ。

あのフランシスに認められ雇われるというのは、プロとしての評判を上げる願ってもないチャンスだったのだが、あまりに突然の出来事に戸惑いを覚えたフェイスは、社交界に詳しい友人のハリーに相談し、その彼から意外な事実を聞かされることになる。というのも、その舞踏室とは娘のカッサンドラを社交界にデビューさせるパーティーのために建てられたものであり、そのカッサンドラは15年前に自宅の部屋で何者かによって刺殺されていたのだ。しかもその事件は未解決のままらしい。

この依頼には何か深い意図があるのだろうか。ためらいつつも依頼を引き受け、ロングアイランドにある屋敷へと通い始めたフェイスだったが、事件の詳細を知るために図書館で当時の新聞記事を調べることに。が、その記事は奇妙なことだらけだった。凶器のナイフのこと、事件当夜屋敷を訪れていたカッサンドラの夫のことなど、辻褄が合わないことだらけなのだ。好奇心を掻き立てられ深入りしていくフェイスは、十五年前に起こった事件の真相に次第に近づいていくのだが……。


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