早川異色作家短篇集
「誰も降りなかった町」
休暇旅行中、はずみで降り立った田舎町の駅のベンチに、陽にやけた老人が腰をおろしていた。のどかな町。いったんは人影もまばらな通りを散歩してみたが、へんてつもない田舎のこと、たちまち退屈してしまった。
次の列車は明日まで来ないかもしれない。日も暮れてきた。と、あとをつけてきたさきほどの老人が声をかけた。
「20年のあいだ、あんたを待っていたんじゃ」
ふらりと町を訪れるかもしれない他国者をひそかに殺してみたいという欲望にとりつかれた老人は、この私を説き伏せにかかる。
憎む者を殺したいという欲望が、現代の社会では、いかにして抹殺されているか。願望を昇華させるために、人間はどのような代替物を利用してきたか。よい例が戦争じゃ。
「だが、わしにはチャンスが来た。あんたが駅に降りたとき、すぐにわかった」
闇に対峙したとき、私は知った。自分こそその欲望を充足させるために、この町に降り立ったことを……。