樽
著作名
著者
F.W.クロフツ
ジャンル
本格推理
星の数
★★★
出版社
ハヤカワ文庫
原作出版
1920
備考

4月初旬の晴れた朝、ロンドン港のセント・キャザリン波止場では、貨物船ブルフィンチ号の積荷おろしが行われていた。ハッチが開かれ、葡萄酒の樽がロープで吊り上げられて運び出されてゆく。と、突然、そのロープが切れ、四つの樽が地面に落下する、という事故がおこった。運送会社の若い社員トム・ブロートンと人夫頭ハークネスが近づいてみると、四つのうちの一個の樽に裂け目が出来ており、オガクズがはみ出していた。

葡萄酒の樽からオガクズが出てくるのはおかしい。二人が裂け目を覗き込んでみると、金貨が何枚もこぼれ落ちてきた。さらに裂け目を開くようにしてみると、女の腕が見えた。樽の中には、金貨と人間の死体が入っているらしいのだ。

仰天したブロートンは、この事件を会社の上司エイヴァリー氏に連絡した。エイヴァリー氏は、彼とともにロンドン警視庁に行ってバーンリ警部に事情を話し、警察が出動することになった。ところが、一同が波止場に到着してみると、問題の樽は陰も形もない。受取人と称するレオン・フェリックスという男がやってきて、見張りのハークネスを騙して樽を持ち去ってしまったというのだ。バーンリ警部は、市内の警察署にフェリックスの行方を捜すよう、緊急の指令を出した。

夜になって、一人の警官の機転で、フェリックスの家が突きとめられたので、バーンリ警部は乗りこんだ。フェリックスは顎ひげを生やしたフランス人で、おどおどした様子で、樽の中には金貨一千ポンドが入っていると述べた。フランスの友人ル・ゴーティエと買った宝くじが当たり、その金貨を彼が送ってきたのだが、茶目っ気を発揮して樽詰めにし、偽りの内容表示で送ってきたために、警察の目を逃れて受けとらなくてはならなかったのだという。バーンリ警部には、彼が嘘をついているとは思えなかった。

ところが、問題の樽は、フェリックスの家からも消失してしまっていた。コソ泥が持っていったのだ。

やっとのことでその行方を見つけ出し、一同の前で樽が開けられた。果たして、なかから金貨とともに女の死体が転がり出た。それを見るなり、フェリックスは「あっ、アネットだ!」と叫び、失神してしまったのである。

フランスからイギリスに送られてきた樽のなかの死体。犯人はフェリックスか、それとも別人か。英仏二カ国の警察、それに風采の上がらないパリの私立探偵ラ・トゥーシュによる綿密な捜査が始まる。

リアリズム警察小説の嚆矢である古典探偵小説の名作。
アリバイ崩しの本格物として日本作家に絶大な影響を与えた。
惜しむらくはこのあとクロフツの作品の主人公を飾るフレンチ警部がまだ登場していなかったことだ。


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