「初めての時のこと、覚えている?」彼女が聞いた。
彼は、初めて愛を交わした時のことを言っているのだ、と考えた。すべてを覚えている。とくに終わった後、人生の最終目的地に到達したような気持ちがしたことを。しかし、彼女がいっているのは、二人が初めて会った時のことであった。
「あの時のあなたの目の色は、いまとちがっていたわ」彼女がいった。
「そんなことないよ」
「いまは茶が濃くなっているわ。あの時は、はしばみのような薄茶色だった」
「きみははしばみ色と思いこみたがっただけだ。それをきみは捜していたんだ」
「わたしは、なにも、捜してなんかいなかった」なんかを強調した。
二人は、ローマのボルゲーゼ公園で出会った。夏の夕立の最中で、雨の粒は大きかったが冷たくはなく、みんなが建物の中で雨宿りをしている間、二人は、別々に表にいて、陽光をうけて歩いているかのように、平然と散歩をしていた。チェッサーはずぶ濡れで、雨があご、耳、鼻から流れ落ちており、マレンは、長い金髪が濡れて縄状になっており、ドレスが肌にくっついて、体の線をくっきりと見せていた。広い公園ではあったが、二人はばったり出会った。
「あれは、偶然ではなかったのよ」いま、彼女が主張した。
「わたしたちは、あの場所に行くことになっていたんだわ」
「あるいはね」
「宿命だったのよ」
チェッサーは、幸運、あるいは、昔からいわれているめぐり合わせ、と考えていた。