深夜プラス1
著作名
深夜プラス1
著者
ギャビン・ライアル
ジャンル
冒険小説
星の数
★★★★★
出版社
ハヤカワ文庫
原作出版
1965
備考

パリは4月である。雨もひと月前ほど冷たくはない。元イギリス情報部員のルイス・ケインはカフェ<ドゥ・マゴ>に腰をすえて杯を傾けながら、表のサン・ジェルマン通の夕方の騒音を聞いていた。壁のスピーカーから声がながれた。「ムッシュウ・カントン、ムッシュウ・カントン、電話口へどうぞ」
いきなり戦時中のコード・ネームをカフェの拡声器で放送されたのだ。首筋に銃をつきつけられたようだった。呼び出したのは弁護士のアンリ・メラン、隣の電話ボックスで人の悪い笑を浮かべている。かつてレジスタンスの資金係をつとめていた男だが、戦後はほとんど会わなかった。お互いに両手を握りあった。

メランは危険がともなうがとことわったうえで、ある仕事を依頼してきた。
それは、大金持ちのマガンハルトという男を車で定刻までにリヒテンシュタインへ送り届けるということであった。
報酬は1万2千フラン。だが、ここに大きな問題があった。
妨害があるというのだ。
フランス警察のロベール・グリフレが男を懸命に追っているし、彼が生きたまま目的地へつくのを喜ばない連中もいる。
産業スパイの黒幕であるフェイ将軍にやとわれた、ヨーロッパでも指折りのガンマン二人も執拗に男をつけ狙う。
だがケインも腕利きだった。
雨あられのような攻撃の手をかいくぐり、彼らをのせた黒いシトロエンD.Sが闇の中をリヒテンシュタインに向けて疾駆する!

深夜プラス1――午前零時までに果たして着けるか?

熱気をはらんで見事に展開する非情な男の世界。
この小説の素晴らしさは、それこそ数えられないほどあるのだが、とりわけアル中のガンマン、ハーヴェイ・ロヴェルの存在なしに、その魅力を語ることはできないだろう。
何より彼はプロフェショナルを貫く男である。
ルイス・ケインが差し出した煙草には首をふり、自分のジタヌを左手を使って取り出す。
右手はいつ何時でも銃を抜けるよう、空けておかねばならないのだ。
そして、ホルスターから銃を抜く動作は、まったく無駄のない、ただつかんで引き出すだけというもの。 (彼が身体を震わせたように見えた――次の瞬間、小さな拳銃が私を狙っていた。左手に持ったグラスは微動もしなかった)

ライアルが描く独自の信念を持ったガンマンたちは、決まって銃に対する個人的な好みや鋭い薀蓄を語るものだが、ロヴェルもまた、フェイ将軍が持つ世界でも最高のひとつだという飾り銃のコレクションに対して、「ピストルは人を殺すためのものだ。それ以外の何物でもない」と言い捨てる。

もちろん、顔の片側だけをねじるように微笑むロヴェルは、陽性なルイス・ケインを前面へ引き立て、その男性的な力強さを強調している存在だろう。 まして、内面では人を殺すことに苦しみ、それを紛らわすためにアル中になってしまうような男である。

主人公より名脇役のロヴェルに引かれる人は多い。


シトロエンD.S 19

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