わらの女
著作名
わらの女
著者
カトリーヌ・アルレー
ジャンル
サスペンス
星の数
★★★
出版社
創元推理文庫
原作出版
1956
備考

初めて読んだかわいそうな結末で涙。

「当方、莫大ナ資産アリ、良縁求ム。ナルベクハはんぶるく出身ノ未婚ノ方ヲ望ム。世間ヲ知リ家族係累ナク、ゼイタクナ暮ラシ二適シ、旅行ノ好キナコト。感傷的おーるどみす、暗愚ナ人形ハオ断ワリ」

もう何年ものあいだ、この欄を熱心に読みつづけてきたヒルデガルデは、これこそ自分に宛てたものだ、と思う。そうして、震える手で返事の下書きを書く。何枚も下書を書くことで、彼女は心の昂ぶりをおさえているふうだ。

前略
  ハンブルグの大爆撃で、家族も、友達も、家も、財産も、地位も、すべてを失いました私は、これ以上手放すものとてないくらい、何も持っておりません。ただ一つ残っているのはあの悲劇的な時期の思い出だけで、とのただ一つの残った嫌な過去にもはっきり別れを告げたく存じますので、このお返事を差し上げる次第です。新しい生活に入りたいというのが、私の唯一の望みだとお信じいただけますように。

今迄にあらゆる危険にめぐりあいましたので、どんなことにも心の準備はできております。持っておりましたものも、望んでおりましたことも、すっかり奪い去られましたので、ロマンチックな夢などは、ほとんど抱いておりません。その点で、そちらのご広告は、私どもがお互いにふさわしいのではないかと考えさせてくれるように思います。

私は34歳です。背は高く、髪はブロンドで、どちらかと言えば、美しいほうです。それも、美しくなる機会が与えられてのことですが。家族も、夫も、子供もありません。また、平凡な市民生活を願うことも、今さら、恋愛を夢みたりすることも、まったくありません。ただ、よい暮しがしたいと願っているだけです。

私が恋したとすれば、それはあなたの広告に対してで、それがはじめてです。今から、あなたの財産と、あなたが未知の女に申し出ていらっしゃるりっぱな生活を愛しているわけなのです。

百万長者でいながら、新聞広告でご夫人を探す必要を感じていらっしゃる以上、何かハンディキャップをお持ちだと考えないわけには参りません。けれど、たとえ、どんなことがあっても、あなたが病弱でもサディストでも、せむしでも、私は、それを乗り超えるだけの強さを持っているつもりです。この最初のお近づきから、さらにお話を進めるには、今から、お互いに手の内を見せておくほうがよろしいと思います。

もしあなたの広告が真面目なものでしたら、婚約の時にそちらの出される条件をすべて受け入れる用意があります。私のほうの条件はただ一つで、あなたの申し出ていらっしゃる贅沢で閑のある生活をさせていただきたいことだけです。私の将来にふさわしい生活は、それだけなのですから。
  取り急ぎお返事まで。

ヒルデガルデ・マエナー

徹底的に勧善懲悪の世界を排し、完全犯罪を遂行しながらも何ら法の裁きを受けない人間を冷徹な眼で描ききった名作。


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