(第一巻 玄旗の章)

玄旗の章中国、北宋末期。世の中は賄賂が横行して、腐敗しきっていた。帝は政事に関心を示さない。混濁の世を糺すため、晁蓋、宋江ほか百八人の豪傑、好漢が『替天行道』の旗のもと梁山湖に浮かぶ山塞、梁山泊に集結した。数々の局地戦に勝利を続けるも、最強の名をほしいままにする童貫元帥の率いる禁軍との総力戦に敗北し、梁山泊は壊滅、炎上する。

それから、三年の月日が過ぎた。

火炎の中を生き延びた呉用の指示で燕青、李俊、張敬らが梁山湖の底に隠してある銀塊を引き揚げた。沙門島で、呉用、公孫勝、李俊、史進、戴宗、宣賛、童猛、曹正が会合を持って、今後の戦略についての策を練る。しかし、要となるあの男の行方は、杳として知れなかった。あの男とは百十人目に梁山泊に入山し、宋江から『替天行道』の旗を託されたとされる青面獣・楊令のことである。

青連寺の執拗な残党狩りを潜り抜けながら、李俊は南の大湖、洞庭山で上青、狄成らとともに拠点を築き始めていた。史進、呼延灼、張清は北でそれぞれ独立した遊軍を組織している。顧大嫂、扈三娘、馬麟らは、大湖の南、洞宮山に隠れつつ、残党を結集していた。塩の道はいまだ健在で、瓊英はさらに海外貿易を始めて、再起の時の軍資を潤沢にしようとしている。

二世たちも着々と成長していた。侯健の息子、侯真には体術の資質があり、燕青が鍛えている。花栄の息子、花飛麟はすでに武術では扈三娘を凌いでいた。張横の息子の張敬は叔父の張順を思わせる潜水の術を持っていたし、韓滔の息子の韓成もすでに将校として軍勢を任せられる存在になっていた。

花飛麟は、秦明の息子の秦容と公淑を子午山に送り届けた。そのまま王母、王進が健在の子午山で、張平とともに修行に励み、王進の指導のもとにさらに武術の腕を磨き上げていく。

いっぽう李富の率いる青連寺では、梁山泊の残党狩りに加えて、北の遼国の存在が懸案となっていた。さらにその遼に加えて、阿骨打の建国した金が急速に勢威を増してきていた。南では方臘が勢力を強めていたが、まだ様子を見る程度の段階に過ぎないと判断していた。

金と遼が局地戦を繰り返しているところに、幻王と呼ばれる騎馬隊長がいた。風のように迅く限りなく精強で、そして残虐非道だという。熟女真の土地を襲うと、男は皆殺しにしたうえに若い女をすべて攫っていく、といわれていた。

この幻王は金の阿骨打と連携して動いていた。

幻王は阿骨打の弟の呉乞買である、という噂があった。幻王こそがあの楊令だと思う者もいた。

燕青と武松は、北の地をさすらって、ついに幻王と対峙した。

黒い軍袍と顔を覆う黒い髭。赤い痣と血の臭い。吹毛剣。そして、すさんだ面影と哀しみをたたえた双眼。

その男は、まぎれもなく青面獣・楊令だった。

(第二巻 辺烽の章)

辺烽の章苛烈な戦いぶりで名高い幻王の正体は楊令だった。武松は楊令に梁山泊への帰還を求めるが…。一方、呉用は梁山泊再興の策を胸に、宗教を用いて人を集める方臘に近づく。

武松が構えると、楊令はあっさりと剣を抜いた。踏み込めなかった。一瞬、躰が硬直したようになった。武松は眼を細め、気息を整えた。

気が、満ちては引いた。宋江を殺した剣。武松は、ただそう思い続けた。憤怒に似たものが、こみあげては鎮まっていく。

勝負がどうなるか、もうどうでもよかった。楊令は、ほんとうに自分を殺してくれるかもしれない。これほどの剣とむかい合ったのは、はじめてなのだ。

頭が、白くなった。吹毛剣だけが、武松には見えていた。

気が満ちた。

自然に、躰が動いた。拳が、楊令の躰を砕いた。そう思った。

「死んだ」

楊令が剣を鞘に収めた。

「これで、行者武松は死んだ」

武松は、自分の右の手首から先がなくなっていることに、はじめて気がついた。

(第三巻 盤紆の章)

盤紆の章呉用は南に威を張る方臘勢の中に趙仁と名乗って潜入していた。気になるものを感じたのだ。方臘は官に不満を抱く宗教団体の長、というにすぎないように見えたが、遼に対する宋金同盟が成立したあたりから、別の貌を見せ始めた。新しい国を建てることへの野望。そのための兵力も整備され、蜂起の日を待っていた。

童貫は調練で地方を回っている時に、傭兵集団を率いる岳飛という少年と出会って惹かれるものを感じた。岳飛はそののち黒い竜巻のような楊令の黒騎兵と遭遇し、なす術もなく一蹴される。

建物の外で、どよめきがあがった。それは、聚義庁の建物をふるわせるほどだった。

史進が、鄭応と董進を連れて、飛び込んできた。

「来たぞ。黒騎兵だけで、塞に入ってきた」

史進が、大声で言った。

「なんだ、九紋竜。おまえ、外で待っていたな?」

「悪いか、双鞭。六千騎が駆けてくるさまは、壮観だったぞ」

「俺も、見ておくのだった」

聚義庁の衛兵が、楊令の到着を告げた。

全員が、立ち上がった。

入ってきた楊令は、迷わず、頭領が座る場所に腰を降ろした。ほっとした空気が、会議の部屋に流れた。

「まず、ここに集まられた方々に、お訊きしたい」

楊令が言った。

「この楊令が、梁山泊の頭領であることを、認めていただけるのですか?」

声を出す者、頷く者それぞれだった。

「全員が、認めています、楊令殿」

宣賛が言った。

「わかった。いまこの時より、私が梁山泊の頭領である」

(第四巻 雷霆の章)

雷霆の章呉用は南に威を張る方臘勢の中に、潜入した。方臘は官に不満を抱き、新しい国を建てるべく蜂起し、たちまち江南を席巻した。帝は、北へ向かうはずの童貫に南の方臘討伐を命じた。童貫は畢勝、岳飛らとともに大軍を率いて進発する。北で武威を振るった楊令は、ついに新梁山泊に合流し、歓呼のもとに新頭領として認められる。再び替天旗が、蒼天に靡いた。花飛隣は、王進から秘術を授けられ、張平とともに山を降り、梁山泊に合流する。史進はひとり離脱して子午山を訪ね、王母の死を看取る。

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(第五巻 猩紅の章)

猩紅の章趙安率いる宋官軍は、新梁山泊軍に敗れたあと、燕国建国の大望を抱く耶律淳、蕭珪材の旧遼軍にも敗北。耶律淳も変死を遂げ、国造りの夢が消えた。江南では童貫と方臘の闘いが始まった。童貫は方臘軍を蹂躙するが、死闘は酸鼻を極めた。畢勝戦死。だが物量に勝る童貫軍はじりじりと方臘を追い詰め、ついに方臘は焼死。童貫軍は疲弊し、岳飛が成長した。呉用は、武松、燕青に救出される。

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(第六巻 徂征の章)

徂征の章金では、太祖・阿骨打が没した。死の前に楊令と長く話している。呉乞買が次に即位することは決まっていた。梁山泊では童貫戦に向けての準備が進むなか、扈三娘の二人の息子、王貴、王清が呂英に誘拐され、聞煥章に売りつけられる。聞煥章は王貴らを使って扈三娘をおびき出して捕え、陵辱の限りを尽くした。子供たちは、致死軍の新指揮者、候真に救い出される。それを扈三娘に伝えたのは、聞煥章の部下となっていた扈三娘の実兄・扈成だった。扈三娘は聞煥章を殺して、脱出する。
 梁山泊軍と童貫禁軍の対決の潮が満ちていた。童貫は一人で子午山を訪ねて、かつての剣の師、王進と語り合う。楊令は、方臘戦から戻って逼塞している呉用を迎えに行く。
 両将ともに、懼れと愁いを拭って、迫っている闘いの準備を終えた。

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(第七巻 驍騰の章)

驍騰の章楊令、童貫。雌雄を決する戦いが始まった
総帥・童貫率いる禁軍が、ついに梁山泊討伐に出動。梁山泊は、頭領・楊令を中心に結束を強め、地方軍を制圧し迎え撃つ準備をかためる。緒戦は童貫の部下・岳飛軍と、梁山泊の花飛麟軍が激突する。

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(第八巻 箭激の章)

箭激の章戦いに散った者が、後に残したものとは
周辺でのせめぎ合いが続く梁山泊軍と宋禁軍。戦死した呼延灼の軍を息子の呼延凌が引き継ぎ、敵軍を押し止める。扈三娘は、はるか年下の花飛麟と結ばれる。一方、北では金が宋に進攻を始める。

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(第九巻 遥光の章)

遥光の章楊令、童貫。最期の対決の時…!
楊令を頭領とする梁山泊軍と、童貫元帥率いる官軍の激闘が続く。扈三娘、張清、馬麟らを失いながらも、梁山泊軍は次第に童貫軍を圧していた。楊令と童貫は再び戦場で邂逅し、ついに雌雄を決する。

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(第十巻 坡陀の章)

坡陀の章新しい時代の始まり
梁山泊との戦いによって童貫、李明を失った禁軍は崩壊。河水沿いの地域を支配下においた梁山泊は、新しい国づくりを始める。一方で、金の宋に対する攻勢が増し、ついに都・開封府を陥とす。

(第十一巻 傾暉の章)

傾暉の章宋の崩壊後、金、梁山泊、禁軍残党である岳飛や張俊、青蓮寺が操る南宋の勢力が並立し、危うさを孕んだ状態が続く。そんな中、新たな糧道のため、梁山泊は西域との交易を切り拓こうとするが…。

岳家軍の歩兵が、郭盛の歩兵を押しまくっている。ただ、ひとつだけ押せないでいるところがある。まるで、流れの中に打った、杭のようなものだった。それにひとり二人と掴まり、さらに掴まった者に別の者が掴まる。流れている水草が、杭にひっかかるようなものだった。そしてその後方に兵が集まり、郭盛の軍は態勢を整え直して、また戦場の中央に押し出してきた。
中略

「なんなのだ、あれは」

地に足を生やした兵が、ひとりいる。あらゆる方向から攻撃を受けながら、ことごとく、かわすか弾き返すかしている。それに、流れる水草がひっかかるように、崩された兵がひっかかってくる。

若かった。 ちらりと見た顔は若く、返り血などを浴びていても、自らは血の一滴も流していないのではないか、と思えた。
中略

「秦容か」

楊令は、呟いた。

(第十二巻 九天の章)

九天の章交易の道は発展し、梁山泊に富をもたらす。だが禁軍残党である岳飛との戦いや、金軍との局地戦が勃発する。南宋では青蓮寺の指導の下、着々と国家の整備が進んでいた…。

『水滸伝』(全十九巻)梗概

かつて梁山泊という国があった。

宋国の中、梁山湖に浮かぶ山塞を中心にいくつかの支塞を擁して、大国・宋に真っ向から戦いを挑んだ。三年前に志を半ばにして陥落、炎上した梁山泊には、伝説の漢たちが集っていた。晁蓋と百八人の漢たち。多くは死んだが、一部は各地に散って再挙のその秋(とき)を待ち続けていた。

まず、『替天行道』という薄い冊子からそれは始まった。宋江が、混濁した世の中を憂いて綴ったその檄文を魯智深が全国を行脚して配り、同志を募った。最初の同志は、ほかに林冲、花栄、戴宗、武松。一方、黄蓋と呉用は、盧俊義、柴進、燕青に闇の塩の道を作らせ、決起の日のための財源を蓄えていた。宋江、黄蓋が逢って血盟を誓い、梁山湖に浮かぶ山塞を叛乱の拠点として奪取することを決めた。

禁軍の最強の武術者・王進は、上司の高俅の怒りをかって罪に問われ、林冲の助けを借りて逃亡、史進に武術を教えた後に子午山に老母とふたり隠棲する。のち、梁山泊は心が傷ついた漢をひとりずつ子午山に送り込んでは、王進に再生してもらう。野獣のような鮑旭、兄嫁を死なせた武松、慢心した史進、孤独な馬麟。

林冲は罠にはめられて獄に堕ち、滄州(そうしゅう)に流罪となるが、白勝らとともに脱走して梁山湖の山塞に入山する。黄蓋は、呉用、公孫勝らと官が輸送する賄賂を奪って、官軍に追われて湖塞に入る。そして、入山に難色を示した頭領を林冲が刺して山塞を奪い、黄蓋が頭領となって梁山泊と名づけ、『替天行道』の旗を立てる。公孫勝は闇を奔る致死軍を、戴宗は網の目のような通信網を、林冲は黒備えの騎馬隊を組織する。

賄賂の輸送に失敗した楊志は孤児を拾って、楊令と名づけて養子にする。そして魯智深と二人で二竜山を奪取して梁山泊に合流する。しかし、袁明、季富率いる官の闇の組織・青連寺は策をめぐらせて楊志を襲う。楊志、先祖伝来の吸毛剣をふるって百人を斬るも斬死。楊令は顔に火傷を負うも生き延びる。

宋江は殺人の汚名をきて、武松とともに南方をめざす。旅の途中、穆弘、李俊、李逵らと出会う。江州で官に発見されるも中州に籠って抵抗し、戴宗、公孫勝、林冲の助けで死地を脱する。さらに王進のいる子午山、史進の籠る少崋山を歴訪した後、宋江も梁山泊に入って、ついにふたりの頭領が並び立つ。

梁山泊は、楊志亡きあとの二竜山の頭として官軍の将軍・秦明を迎える。楊令は林冲に剣を習い、秦明の養子になるが、やがて王進の待つ子午山に送られて武術を習う。朱どう率いる双頭山が完成する。史進も少崋山を捨てて梁山泊に合流し、赤備えの遊撃隊を組織する。

謀士・聞煥章の加わった青連寺は、梁山泊と二竜山の間に楔のように存在する祝家荘に軍を送り込んで要塞に仕立てる。しかし、李応、孫立一族、解珍親子の働きで祝家荘は壊滅する。顧大嫂、孫二娘、扈三娘が入山。林冲が青連寺の偽情報のために九死に一生を得る。花栄率いる流花塞が南に完成。官は呼延灼将軍に梁山泊撲滅指令を出す。呼延灼は連環馬の秘策をもって多大な打撃を梁山泊に与えるが、呼延灼が留守の間に、同行の高俅の勝手な追撃が原因で呼軍は敗れる。呼延灼、入山。

青連寺の攻撃は熾烈さを増す。黄蓋を暗殺。盧俊義を捕縛、拷問して塩の道の秘密を聞き出そうとするが、必至の燕青が救出する。索超、薫平、関勝、宣賛、張清が入山。正面総攻撃を決意した官軍は、趙安、薫万に同時攻撃をさせ、双頭山奪取、朱どう戦死。さらに宿元景、水軍を加えて二十万の大軍で梁山泊を包囲する。穆弘戦死。軍師・宣賛の北京大名府侵攻の策で、この危機は一時はしのぎきるも李応戦死。青連寺は柴進を毒殺。報復として公孫勝と燕青は青連寺の本拠を襲い袁明を倒す。青連寺は李富が指揮することになる。盧俊義病死。呉用、宣賛は高俅を通じて講和をほのめかし休戦に成功。病をえて子午山に入った魯智深改め魯達は、楊令にすべてを語った後に憤死。

ついに、官軍は禁軍最後の切り札・最強伝説を持つ童貫元帥を出陣させる。無敵の童貫軍と副官の鄷美、畢竟、さらに旗下に入った趙安、薫万の前にひとつひとつ梁山泊の要衝は陥されていく。からくも張清の必殺の飛礫が童貫にあたり、いったんは童貫、軍を引く。楊令はついに子午山を下りて、梁山泊に合流するが、まず北に行って、女真族の阿骨打(アクダ)とともに遼と戦う。再襲した童貫の猛撃に関勝、解珍、秦明戦死、二竜山陥落。林冲も鄷美を討った後に壮絶な戦死。索超も戦死。北から戻った楊令は林冲騎馬隊を率いて、父譲りの吹毛剣で童貫の兜をとばし顔を斬るもそこまでだった。趙安によって流花塞陥落、花栄戦死。撤退のさなかに李逵水死。

童貫軍は、ついに梁山泊に上陸する。呉用、炎の中で行方不明。戦死者多数。楊令は単身敵だらけの梁山泊に戻って、宋江から『替天行道』の旗を託され、瀕死の宋江にとどめを射し、血路を開いて脱出するも行方不明となる。

かくして、梁山泊は滅び、湖水に静寂が戻った。

しかし、生き残った漢たちも少なくなく、『替天行道』の志を胸に抱いて、再起の秋を待って雌伏していた。

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